入学式

先週の金曜日4月の6日に、大田区立馬込小学校の入学式があり、両親と共に私も孫の入学式に出席した。

同校は孫が3月まで通っていた保育園のすぐそばにあって、開校140年を迎える伝統校で、当日配布された資料によると、同校の校歌の歌詞は、石川県金沢市出身の詩人であり小説家である「室生犀星」によるものである。

室生犀星と言えば、誰もが「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しく歌うもの…」と続く詩の一節を思い起こす人が多いと思うが、私は私生児として生まれ直ぐに養子に出された犀星が、50歳にして詠んだ「夏の日の匹婦の腹に生まれけり」と言う句が、同時に思い起こされる。

今の季節だと桜咲く犀川の辺りの風景に、そんな深く傷ついた犀星の心が重なり合って、胸に迫るものがある。

しかし、そんな思いも知る由もなく、どの子も新しいランドセルを背負って両親に付き添われ、みんな笑顔で楽しそうである。さらに、例年なら、今頃は桜の真っ盛りというところだろうが、今年は既に葉桜になってしまって、ちょっと寂しい。

それでも、そんな寂しさを吹っ飛ばすかのように、今年の一年生は4クラス117名と近年では最も多く、全校生徒は634人を数え、今年は開校140周年を祝うイベントを行うようである。

そんな中、上級生がそれぞれに新一年生のサポート役を買って出て、優しく新一年生の面倒をみているところが微笑ましい。

入学式には、新一年生117名、教職員が30名くらい、歓迎役の2年生が111名、来賓が30名ほど、保護者が約240名とすると、概ね530名前後の関係者が一同に介し、広い体育館は人でいっぱいだった。

国家斉唱の後、校長先生が「ぬいぐるみ」を使った腹話術で、新一年生に「はなむけの言葉」を贈ったのが印象的で、子供達の気持ちをよく理解してもらえる学校のような気がした。

「挨拶をしましよう。安全を心がけよう。後片付けをしよう。」と、3つの「あ」なる標語が掲げられたが、私的には3番目の「後片付け」ができるようになればいいと思った。

そんなことで、式の終わりには、2年生による歓迎の学校紹介と出し物があったが、1年も教育を受けると、子供はこんなにも成長するものかと改めて、教育の重要性と成果を実感した。

また、どんな集会でも感じることだが、音楽の持つ力は絶大で、国歌に始まり、2年生が歌う歓迎の歌には、会場の皆さんの気持ちが1つになったような気がして感動に胸が震えた。そんなことから、国歌に難癖をつけ国家斉唱を拒む日教組の左翼教師には、改めて憤りを感じる。

それやこれやで、次第も終わりPTAからのお話しがあって、その後は各教室に分かれ、担任のご指導の下、最初のホームルームが行われた訳だが、新一年生の元気な「はい」を聞き集合写真をクラス毎に撮ってもらって帰宅した次第である。

途中合間に、担任の先生とも、また集合写真の合間には、校長先生とも親しくお話させていただき、私も童心に戻って、この学校に入学したい思いに駆られた。

まあ、保育園の同級生も幾人もいて、保護者同士も盛り上がり、地域の知り合いからも道すがら声をかけられたりして、喜びと幸せを実感する1日であった。

また、当日はパパのお母さんも田舎からお祝いに駆けつけてくると言うので、東京駅に近い日比谷の松本楼で会食することになり、皆んなで昔懐かしの洋食の定番オムライスを食べて、お祝いをした次第である。

会食後は、公園内で開催されている郷土食フェスタを傍目に、樹齢100年を超えるような公園内のベンチに座り、植えられたチューリップなどの花に、都会の春のひとときを満喫した次第である。

人生は何が起こるか分からない。しかし、それはそれとして、気持ちを切り替え前向きに進んでこそ、私は道が開けるものと思う。

そんな思いに、改めてすべてに感謝したいと思う次第である。

jpkanamori について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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