天空と団子

オーストリアの精神科医で心理学者である ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl 1905年3月26日〜1997年9月2日)は第二次大戦中、ユダヤ人であるがゆえにアウシュビッツで、自由を奪われ極限の状況にあるのにも拘らず、人間らしい尊厳ある態度を取り続けた人を具に観て、私達が人生で実現できる価値として、創造価値、体験価値、態度価値の3つを上げている。

つまり、創造価値とは、行動したり何かを創りだすことで得られる価値のことで、何かを発明したり、素晴らしい芸術作品を創作したりすることなどが上げられる。

次に、体験価値とは、何かを体験することで生み出される価値のことで、仕事をしたり、旅行に出かけたり、芸術を鑑賞したり、恋愛をしたり、宝くじに当ったり、事故や災難に遭ったりする体験や経験から生み出される価値のことで、個人が普通に持つ価値観だと思う。
そして、最後の態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって生み出される価値のことで、如何なる逆境にあっても、気品と尊厳ある態度でいられることを言っていると思う。

まあ、 どの価値を自分の価値観に据えて生きるかは人それぞれだが、私的には失敗や過ちを繰り返しても、いろんなことにチャレンジして、新たな世界に突き進んでいくのがいいように思うが、しかし、 人生はそう甘くない。成功すると思っても、失敗の連続で、失敗すれば挫折や失望を招き、後悔や恨みや妬みなどと言った感情にも振り回され、順風万風の幸せな人生とは程遠い苦悩の日々を送り兼ねない。

その点、態度価値については、如何なる状態や状況にあっても、人間として気品と尊厳を失わない「生きる姿勢や態度そのもの」に、究極の価値を見出している訳だから、失望することもなく、前向きなのか達観しているのかよく分からないが、現実を一喜一憂しない姿勢には学ぶべきものがある。晩節にある私としては、何とか持ち合わせておきたいものであるが、いずれは誰もが死ぬ運命にあるから、誰しもが直面する課題と言える。

まあ、未練や恨みや辛みを残して死ぬ人もいれば、ありのままに死を受け容れて死ぬ人もいる訳で、願わくば心安らかに昇天したいと誰もが思うと思う。

そんな訳で、断捨離を重ねミニマリストを目指す私としては、とにかくいろんなことを一人静かに顧みる時間があって嬉しい。モノを整理すると、自分にとって本当に必要なものが浮き彫りされ、気持ちの整理もつく。

まあ、顧みれば、いつからこんなにガラクタの鎧を身に纏い、洪水で流された河を渡るのに重宝したボートを担いで広陵とした砂漠を旅してきたのだろう。一度重宝したからと言って、生涯ボートを担いで旅する馬鹿はいないと思うが、それが自分とは笑ってしまう。そんな我が身の愚かさに、必死になって、社会の歯車として回り続けた自分が憐れである。

しかし、そこはそこ、無理しても気品と尊厳を持って乗り越えていかねばならぬ訳で、人生に未練を残しては、あの世に生まれ変われことなく、再びこの世に再生されてしまう。

なぜなら、私達人間は元より天空から来たりし生命体の遺伝子を持っているからで、私達の故郷は地上になく、あの「かぐや姫」の来たりし天空にあるからである。

そんな想いに、今年の十五夜は極上の団子を買い求め、味を噛み締めながら食して、天空に想いを馳せようと想う次第である。

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です