七五三

ご案内のように、七五三(しちごさん)は、7歳、5歳、3歳の子どもの成長を祝う日本の年中行事で、神社やお寺に「七五三詣で」をして、神仏に子供の健やかなる成長を報告し、感謝とその後の健やかな成長を祈願する奉告祭である。

特に、神道では産土神(うぶすながみ:生まれた土地の氏神)が、子供の健やかな成長に深く関わっていると言うから、有名な神社を選んで参拝するより、地元の神社に参拝する方がよく、また、子供達にとっても着慣れない衣装を着せられ、あちこち引き回されたら、嬉しくも楽しくもなくなってしまうから、近場の神社やお寺に家族揃って参拝する方がいいように思う。

そんなことから、我が家では先週の土曜日に、地元の池上本門寺に七五三詣でをしたが、特に下の孫娘は、私の退職後の隠居育爺生活の要だったので、衣装に合わせた和髪型を目にした時は、親馬鹿を遥かに超えた感覚を覚えた。

まあ、行き届かない育爺だったが、それでも一応元気に七五三ができたことがやけに嬉しく、その後の会食では普段飲まぬビールを飲みスッカリほろ酔い気分になってしまった。

そんな訳で、先日も地元のスーパーで、三歳の男の子を連れ、双子の一人をバギーに乗せ、もう一人を抱っこしていたお母さんに、思わず声を掛けてしまったが、多分退職後に育爺生活をしなかったら、赤ちゃんを覗き込み、声を掛けるようなことはしなかったと思う。

孫の成長もだが、七五三は私の成長の節目でもあった訳で、改めて全てに感謝する次第である。

ところで、話は元に戻るが、七五三は神社なのか、それともお寺なのか気になるところだが、そもそも、日本は多神教の国で、古事記によると、 伊邪那美命 の汚物から生れた神様もいるくらいで、世の中には、俗に言う「八百万神(やおよろずのかみ)」がおり、 森羅万象に神の発現を認める古代日本の神への観念は、今でも私達の心の中に深く息づいているように思う。

まあ、 グローバル化に伴い、「変化と多様性」の中に、差別や偏見から解き放たれ、真の自律と自由に生きるには、他の宗教を排除するような一神教にあっても、柔軟にFlexibleに、他を否定するような信仰では時代にそぐわない訳で、そんな視点に立てば、日本人の宗教観は近未来的である。

町内会のお祭りで神輿を担ぎ、 ハロウィンでは仮装して大騒ぎをし、クリスマスを祝い、お正月には初詣でをして、さらに、教会で挙式したりする訳で、まあ、そんなところが、 森羅万象に神を見る日本人の感覚や感性ではないかと思う。

まあ、放蕩を重ね妻子を捨てて出家し、挙げ句の果てに苦行を重ねて涅槃に至ったお釈迦様の生涯が、私達には「実践的な哲学であり指針であり鏡」な訳で、何事にも拘らぬ心が、幸せを引き寄せる秘訣に思える。

そんな想いに、今日も全てに感謝して、愛と勇気と正義を信じて頑張ろと思う次第である。

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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