想い

情報の真偽にかかわらず、公的な機関が発する情報によって民衆が扇動されてしまうことはご案内のとおりで、今回のコロナが良い事例である。

コロナがマスクや自粛で防げるのか、私的には疑問に思うが、さりとて侮って命を落とすのもばかばかしい。いずれにしても、自粛が長引けば経済が回らなくなり国民経済が疲弊するばかりで、いずれは国民総破綻してしまう。

そもそも、私たちは人と集い、食べたり飲んだり、歌ったり踊ったりお喋りしたり、スポーツをしたり芸術を楽しんだりするのが生活であって、不要不急、無駄やゆとりに意味があって、極論すれば仕事も遊びである。

そんな生活を自粛してしまったら暗くなるのが当たり前で、この1年全く損をした思いがする。

しかし、現実の問題として、コロナなんか大したことないと思っていても、重症化したり後遺症が残ったりする事例もあり、また、もし感染したら周りに迷惑がかかると思うと、無責任な行動は差し控えるしかない。

しかし、その情報は何らかの意図を持って操作されたものだとしたら、本当に大笑いで、まさに私たちは象形文字「民」の意の如く、目を潰された民衆である。

まあ、今回のコロナばかりでなく、アメリカの大統領選などを見ても、マスコミやSNSの動向、錯綜する情報などからして、デマやフェイクが飛び交い、何が真実なのかフェイクなのか分からない。

言える事は、何らかの利権と利権が衝突して、つばぜり合いをやっているわけで、その情報操作によって一喜一憂、右往左往しているのが私たち民衆である。

そもそも、この混乱期に日経の株価が600円も上がること自体異常である。基本的に、私たちは彼方の出来事など知る由もなく、知る必要もない。人道的な支援はしかるべき公的機関が担っているわけで、もし必要があるなら仕事としてプライドをかけてエキスパートである彼らが責任を持って情報発信し、同意形成を得て社会の流れを作っていくべきであるが、最早彼ら自体が利権に毒されている。

要するに、今の情報は全てフェイクと考えたほうが無難である。現実や実態を直視して、私的には己の感覚を信じて現実的な対応をしたほうがいいとように思う。

そんな中、今年は成人式を取りやめる自治体が多く、コロナも長引けば大学入試試験などにも影響が及ぶから、全く2021年は初っ端から受難の年である。

こんな年の繰り返しに、意味なき人生、されど人生と思いきや、周りを見渡せば、生活に必要なものは全て揃っている。幸せである。感謝しかない。情報操作されたフェイクニュースなどに暗くなることはない。

朝の光に元気をもらい、外に飛び出せば靴が鳴る。今日も新たな出会いを信じて頑張ろうと思う次第である。

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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