昨日は地元のホームセンターで衝動買いした黄色と赤の薔薇と梨(幸水)を植えつけ楽しみも倍増、気づけば水やりと気功が朝散歩に代わる日々の日課になっている。
しかし、コロナ禍で疎遠になった交わりは疎遠のまま寂しい限り、所詮は諸行無常の世の中、変化と多様性の中に、自分の居場所を見つけていかなねばならぬことは確かとは言え、ちょつと辛いものがある。それでも、それなりに観念して気持ちを切り替えていくしかない。
般若心経に、物事には実体がないばかりか、私達の感覚や感性も、さらに表象作用も意思作用も認識作用もないとあるが、確かに何事はあると思えばあるし、ないと思えばないような気もするから、何事も成り行きに委せ、その中で最適化していこうと思う。
ウクライナ情勢もフィンランドやスエーデンのNATO加盟申請が現実味を帯び、さらに生物兵器の使用や戦術核が取り立たされ、世界的な品不足、物価高、経済インフラの崩壊もちらつく状況下に、毎日の食事にありつけるだけでも幸せである。
そんな想いに、今日は庭仕事をやめて、久々に歯医者に行こうと思う。口腔衛生は大事だし、思い立った時が吉日と言うから、気の変わらない内が勝負である。
とにかく、最近は成るようにしかならないと思えば成らなくなることが多く、「ぶる下がり健康法」もサボリ気味、朝散歩に至ってはその気にもなれない。
限られた時間、やりたいことばかり、欲張れば「帯に短し襷に長し」ストレスが溜まり困ったものである。とは言え、余り寡欲に徹しても生きる意味が薄れる。
そんな訳で、今日はとにかく歯医者に行って、食糧難でも耐えられる歯の維持管理に徹しようと思う。
すべてに感謝したい。