仏典のことばについて

聖書の御言葉と並び称されるものに、仏典の言葉があります。
聖書には、イエスキリストを絶対神とする来世への信仰が書かれていますが、仏典にはお釈迦様が説く仏になる道や方法が書かれています。現世の救いを求めて死点抜刀する私達の心を癒やし、安らぎの境地に導く教えであります。

天国や地獄の存在、霊魂の存在など、時空によって制約される感性を介する経験では認識できない形而上学的な課題、超自然的な理念などは、際限なく議論を繰り返しても答えの出ない問題として、お釈迦様は「有る無しを言わない無記」とし、一歩進んで、永遠の安らぎの境地に至る解脱の教えを説いいます。

私は、形而上学的な課題でもある「天国や霊魂の存在」を信じることで、心が癒やされ救われるなら、それでいいと思います。しかし、信じることで全てが救われるとは思いません。現世には、現世なりの掟があり、贖わなければならないものがあるからです。ゆえに、大自然の営みを仮に神とすれば、そんな神の御業を信じればこそ、現世の法に従って、仏になる道を歩むのがいいように思うのです。

なぜ苦みがあり喜びがあり、なぜそう想うのか、なぜそう思ったのか、人生は意味不明です。そんな想いに、「仏典のことば」によせて、日々日常の想いを自分流に書き綴り、現世の救いを求めていきたいと思っています。

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