ミント

今年は庭の雑草根絶作戦に取り組む予定だが、購入予定の草焼きバーナーがAmazonでこの1か月で3千円も値上がりしているのには驚いた。時節がら足元を見られている感じがするが仕方ない。

それでも、手持ちのガストーチで試してみたところ、草焼きは簡単で効果がありそうである。草刈り機のように小石を巻き上げることもないし、グリホサートのような毒性がないことも安心である。

まあ、もう少し様子を見てから購入しようと思うが、それにしても、ミントの生命力は半端でなく、日の当たるところにはもう新芽が蔓延っている。頭にきたので、懇切丁寧に処理させていただいたが、地下茎がしっかり残っているので、元の木阿弥になるのが癪に触る。

そんな中、今日は麹の甘酒の元を妻が買ってきてくれたので、昼に飲んでみたが酒粕のものより自然の甘味で美味しかった。甘酒酒と言えば、浅草の雷門の近くの店を思い出すが、お汁粉や餡蜜や甘酒酒は、真夏のアイスやカキ氷のようなもので、味もさることながら、雰囲気も大切である。

お花見に寒戻りした時などは、温かい甘酒は身体が温まりありがたい。そんなこともストリートフォトの楽しみの一つだが、ここで焦って感染でもしたら元も子もないので、堪忍するに越したことはない。

そんな訳で、今日は久々にオーディオの調整をしてみたが、古い機材でもヤマハのサウンドシステムは健在で4チャンネルにしてみると結構音がいい。いつものJBLのデジタルサウンドにはない響きがあって楽しい。

まぁ、人生暇つぶし、考えてみると目標があるようなないような、まさに諸行無常、色即是空、最後は無意識の中に全てが沈んでいくのだろうが、明日こそは重い腰を上げて、確定申告に取り組もうと思う。

すべてに感謝したいと思う。

コロナには注意したい。

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自室の窓辺に咲く木蓮…

2月は28日で終わりなので、今日が2月の瓦礫の収集日に当たる。それで庭に積んであった植木鉢や使わなくなったヤカンや鍋などを一緒にまとめて捨てたが、とにかく植木鉢の重いこと、またギックリ腰が再燃しては堪らないので、小分けにして集積所に運んだが、それはそれで草臥れた。

ところで先週はぎっくり腰やペットロスから大半がベッド生活に終わってしまい、昼夜の区別のつかない生活から何もする気になれなかった。

それでも、3月は年度末なので、気持ちを切り替え確定申告やZoomサークルや携帯料金の見直しなど、さらなる生活環境の整備に取り組んでいこうと思う。

とにかく、子供や孫達とは遠く離れているので、夫婦健在の内はいいが、どちらかがうまくなくなるとそれこそ人ごとではない。親戚の叔父の家でも嫁さんが痴呆症で本人も入退院を繰り返している。様子を聞くに及び、よからぬことを連想してしまう。

まあ、本格的な春になれば、気分も爽やかに、カメラ片手にお花見と洒落たいが、そこにどうしてもコロナがあるから、二の足を踏んでしまう。さらに、オリンピックで外国人が出入りし変異株が蔓延するやも知れず、不安や心配の種は尽きない。

私的には大概のことには凹まないが、新たな交わりの機会を絶たれることが悲しい。さらに宜しくないのがソーシャルディスタンスへの気配りで、お互い大きなマスクをしていては相手の表情も真意もよく分からないし、これでは親しくなるにもなり様がない。困ったものである。

まあ、マスクを外すのは食事の時と家にいる時だけだから、感染経路をたどれば、必ず飲食店や家庭に落ち着くことになり、飲食店が自粛要請の対象になるのは分かるが、ここまで広がってしまえば、中途半端な追跡調査では阻止できない。

そんなことで、やはり今年いっぱいは、自主的に外での活動は自粛する方が良いのかもしれない。

そんな訳で、今日は午後から天気が反転して雨風が激しい。春の嵐にしては異様な感じがする。天候に限らず、すべてが大きく変異しているかに思えてならない。そんな不安と恐れにうわべの信念体系ではとても太刀打ち出来る訳もなく、多くの権威が地に堕ちた今日、真実と真相を見極める感覚や感性のあり様を痛感する。不安や心配は尽きないが、自分で対処できることとできないことを明確に区分して、対処していこうと思う次第である。

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リーダー

どんな難局にあっても、夢と希望に満ち溢れた顔がリーダーには必要である。今の政治家は不平不満愚痴泣き言ばかり、批判するくらいなら対案を出せ。

対案も出せないなら、せめて笑いを取るくらいの機転がほしい。将来への希望展望が全く感じられない今の日本の政治家は、単なるシロアリ利権集団の一員としか思えない。

自分さえよければいい、何も社会に貢献しないそんな政治や行政に、税金を払う必要や義務はない。

まさに、政治家や官僚のための政治や行政である。オリンピックが開催できるかどうか、世界の状況を見れば誰でもわかることである。NHKや日本の新聞やメディアの報道機関としての役割はなきに等しい。

真実が報道できないなら、せめて嘘を報道しないで黙っていればいい。日本の超エリート集団、ジャーナリズムの勇気と覚醒に期待したい。

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病理

Japanese Tea House 旅館のような2畳個室でテレワークに集中。瞑想。家でオンオフ切替。在宅が増えた時代こそ「家の中に未体験の非日常」を、組立1時間。マンションOK。工事不要

何と税込950,000円だそうだが、居住環境が精神に与える影響は唯ならぬものがある。

所詮人間は何処まで行っても独り、プライバシーが大切で、特に睡眠は大切だから、仕事や趣味の関係で休む時間が異なれば、寝室を別にしている夫婦も多いのではないだろうか。

まあ、今日のように様々なライフスタイルが容認される時代になれば、個性やプライバシーが保たれることが生活の基本になる。何も考えずに結婚し家庭を持っていた私たち団塊の世代とは大違いで、今となっては私達団塊の世代は絶滅危惧種、時代の異端児である。そんな時代錯誤の高齢者をよそに、今の若い人たちはそれぞれの価値観や人生設計で生きており、未婚や晩婚、歳の差婚やバツバツ婚や同性婚に至るまで、それぞれの事情で生活しており、人口減少、少子高齢、核家族、老々介護、孤独死などの社会問題があるとしても、それぞれに自分の思いに生きられる社会の方が健全であり、お仕着せの人生に生きる方が馬鹿げている。

まあ、所詮人生に意味はなく、どう生きてもいいわけで、高が知れている。巨万の富を得ても、地位名声を得ても、それを持ってしか、己の存在意義や価値を証しできないとしたら、寂しいものである。

そんな見えぬ人間の本心に気づくことは難しく、お金を稼ぐことが家族の幸せになると信じて金儲けに奔走した男性が、臨終間際に自分の人生を振り返り、家庭を顧みずに金儲けに奔走した人生に悔いを残した話しには、人間の本質を垣間見る気がする。

まあ、人生は持ちつ持たれつ、つかず離れず、緩すぎても強すぎてもいけない。酒ではないがホロ良い加減が良く、親密になりすぎても疎遠になりすぎてもよくない。適当に身勝手で、「あらっよ…」てな感じがいいように思う。

拘ったり偏ったりしないで、毎日の食事なども1日30品目は無理でも、なるべくいろんなものを食べ、なるべく同じものを食さない方が良いのかもしれない。時には毒も薬であり、正に塩梅、日に新らた、瞬間瞬時に生きることの難しさを実感する。

まあ、冒頭の宅内個室には笑ってしまうが、これも一定の需要があることからも、コロナ禍における新しいライフスタイルが定着しつつあることに間違いない。

いずれにせよ、宅内個室に巣ごもりするほど不健康な事はない。一刻も早く、コロナ自粛が解除され、生活の制限がなくなり、こころおきなく家族や仲間と出歩ける日がくることを期待したいと思う。

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腰痛

昨日、たいして重いものも持たないのに、腰痛が再燃した。これまでの2度の経験からすると、1週間から10日は動けない。

軒先に置いた災難避け

まあ、一難去ってまた一難。何とかして今回も、災難を小難に、頑張っていこうと思うが動けないのが辛い。

しかし、この半年、コロナ禍の自粛生活から始めた離れの片付けや庭の手入れに伴い、風水や家相を学んだことから、トイレや玄関先の掃除に始まり、鬼門封じや、敷地が1部道路の突き当たり「路中殺」にあたるので沖縄の守り神雌雄のシーサー「石敢富」を軒先に置いたりしてきたが、多分そのこともあって、この程度の小難に済んだと思うが、反対に単なる迷信と捉えるかでは、雲泥の差がある。

私的には、お釈迦様が戒めている流言迷信は信じないが、それでも気軽にやれるものなら災難避けとして、取り入れてもいいように思う訳で、近年にない3回に亘る腰痛騒ぎにも一定のご利益があったものと考えた方が、精神衛生上いいように思う。

しかし、それにしても、1匹もワンちゃんがいなくなると寂しいものである。今は夫婦二人きり、考えてみれば、結婚して47年、その間、子供が生まれ、文鳥や鶏、うさぎにオカメインコ、4匹のワンちゃんも次から次とやってきたが、いつの間にか、それぞれの道に去っていって、今は誰もいない。

庭に目をやると、オカメインコのウィンディーが外にいるワンちゃんSunday君を「Sunday Sunday…」と呼ぶ声が聞こえるようである。鶏のブラッキーもコケコッコーと近所迷惑になる大声で鳴き、春になると植木の新芽を食べてしまったことが思い起こされる。今となってはそんな困った出来事も懐かしい。

新聞に目を通しても、ろくな記事はなく、上部表向きの言葉ばかりで、人生や生活の機微や真実を語るものは少ない。むげに悲観してもいけないが、ありもしない思ってもいない言葉を語るのもどうかと思うし、結局は何らかの利権に浴していることになる。

まあ、本音を語れば嫌われるし、夫婦仲もうまくいかなくなる。人とすれば、少しは人に気に入られたいし、認められたいし、そんなことの連続で、いつしか自分を見失いそうになるが、改めて自分の人生の目標を見定める必要があるように思う。

そんな訳で、父母やワンちゃんたちに朝1番で挨拶したが、やはり値は値で、奮発して買ったお線香の香りは、いつもの毎日香とは一味違いいい匂いである。

これから、歳を重ねるごとに、体力の衰えや体調不良に悩まされると思うが、それも捉え方1つで穏やかに豊かに過ごせるものと思う。

改めて、すべてに感謝したい。

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日曜日

穏やかな朝の光に、新しい生活の息吹を感じる。季節は確実に新緑の春に向かっている。しかし、世間は相変わらずコロナ騒ぎで、大手を振って外出できないのが辛い。

何せ、毎年横浜のパシフィコ横浜で開催されるカメラの展示会CP +も、今年はウェブ開催なので、スマホやパソコンで新製品やセミナーを拝見することになるが、実に味気ない。

以前なら、エントリーすれば実機を貸してもらえ、有名なカメラマンのレクチャーを受けながら横浜の風景を切り取ることもできたのに残念である。

そんな中、昨日は南アルプス市のペット霊廟で、愛犬のjanian君との最後のお別れに臨んだが、お天気も良く、道中の環状道路からは富士山がくっきり見え、農村地帯なので暖かい穏やかな日差しにピンクの梅の花が綻び、時ならぬ春の息吹に沈んだ心が癒された。

まあ、15日に亡くなってから5日間、家に一緒にいたので、気持ちの整理もついたが、今日からはワンチャンが1匹もいない夫婦だけの生活になる。

仏壇の脇には、これまでの愛犬の遺骨が置かれているが、柴犬のSunday君、ミニチュアダックスのTiffanyちゃんと末娘のCookieと、今回のJanian兄ちゃんと、図らずも家相風水で言うと「北西の欠け」の守り位置に置かれていたことが、不思議と言えば不思議、矢張りワンちゃん達は、亡くなってからも、我が家の「狛犬」としての役割を果たしてくれていたことにいたく感動した。

やはり、何事も因果応報、今日あるのは己の業とご縁の結果と言うから、改めて出会いの意味と己の業の深さを痛感した。

そんな訳で、当分寂しい思いが続くが、心の中にはいつもワンちゃんは生きている。さらに、今はスマホを開けばスマホが勝手に思い出の写真をプッシュしてくるから、愛犬たちとの楽しい触れ合いが思い起こされ再現される。疑似的仮想的であるが、本当に良い時代である。ITテクノロジーに感謝したい。

そんなことで、今日は朝から日差しが眩しく、かなり暖かくなりそうである。コロナ自粛とは言え、打ち萎れてばかりいられない。今日は元気つけに、街中に美味いものでも探しに出掛けてみようと思うが、高齢になると、ときめきもなく、寝食を忘れて没頭することもなくなる一方、食べ物への執着は一向に衰えない。いや反対に増してきたように思うし、時に脱線して食べても、不思議と体調も崩さないし体重も増えない。

まあ、消化吸収率が低下してきたものと思うが、それだからこそ食事はバランスの良い良いものを食するべきだと思う。

今あること、すべてに感謝したいと思う次第である。

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日常

紆余曲折の末、東京2020組織委員会の会長に橋本聖子氏が決まった。女性への差別意識や偏見への信頼回復が課題となると中、差し迫るコロナ禍でのオリンピック開催に向け、ボランティアや医療従事者の確保など、利権オリンピックのファイナルステージの幕引きを託された訳だが、オリンピック利権との戦いは至難を極めるものと思う。

まあ、この件に限らず、最近の出来事は、どれもこれも不信感が募り、馬鹿馬鹿しくてコメントする気にもなれない。さらに、寒いしコロナで外出も控えているから、スマホも持ち歩くこともなくなり、いつも手元にないので健康被害の心配もしなくていい。

さらに、コロナ鬱にならぬよう、家の掃除や料理もなるべく自分でしているが、身辺整理や家事も徹底すると、かなり体力を使う。さらに、何年も放っておいた庭の手入れやDIYも今では日課となってしまい、新たな発見もあり楽しいが疲れる。

そんな中、今週の月曜日15日の晩に愛犬のjanian君が18歳と8ヶ月の長寿を全うした。高齢による老衰である。ペット霊廟に連絡したところ斎場がいっぱいで、明日の土曜日に荼毘に付すことになったが、その分お別れの時間が充分あって気持ちの整理がついたように思う。それでも5日はちょっと長すぎるので、ペット霊廟の奥さんが気を遣いドライアイスを届けてくれたのが嬉しかった。

これで、我が家の3匹のワンちゃん達はみんな他界してしまったが、私たち夫婦の年齢を考えるともうペットは飼えない。責任が負えないからである。

それにしても、スマホを開くとスマホが勝手にワンちゃん達との思い出の写真を映し出してくるのが辛い。いろんな思い出が次から次へと思い起こされ、その存在の大きさを改めて痛感する。とにかく18年を超える長期に亘り我家の狛犬として私たち家族を見守り支えてくれた訳で、種を超えた交わりを得たことは喜びであり感謝しかない。

まあ、年齢からすると、今度は私の番なので、残された日々の大切さを胸に、jani君に負けないように、実りあるものにしていこうと思う。物事万事全てが表裏一体、強弱、長短、清濁、真偽… 死に対しては生がある訳だが、死んでしまったら二度と生き返れないから、日々の出会いを大切に、瞬間瞬時を大切にしていきたいと思う。

日々日常を惰性やマンネリで過ごすなんてとんでもない。毎日同じことの繰り返しに思えるが、実際は自分が過去の生活をコピーアンドペーストして毎日を送っているわけで、自分が意識してコピーアンドペーストをやめれば、新たな世界が広がる。勇気を持って、己の想像力を頼りに瞬間瞬時を生き抜くことが大切である。

そんな想いに、改めて戦後70年を超える長きに亘って操られ騙され続けてきた「金の支配や作られた信念体系」の功罪を痛感するが、それはそれとして、私的には「日に新た…」を指針に据え、新たな出会いを信じて、新時代を生き抜いていこうと思う。

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オリンピック

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が、女性蔑視と受け取れる発言から辞任し、後任に日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏(84)が決まった。

まあ、開催するにしても小規模・無観客試合になることが予想され、コロナが追い打ちをかける状況下に、かなり難しい大会運営になると思われるが、放映権やウェブや報道関連業種にはリモートワーク的な新たなメリットも見込まれる。

それにしても、日々競技人生をかけて頑張ってきた選手達はみな不安と失意の中で、かなり苦しんでいると思う。

しかし、人生は皮肉なもので、深追いは禁物、なるようにしかならないのが人生である。努力して何とかなるものと、なんとかならないものと区別して、対処するしかない。

まあ、そうは言っても、その割り切りがスムーズにいかないのが人間で「分かっちゃいるけどやめられない」のが実態である。

長年染み付いた悪習慣はなかなか抜けないし、時代が変われば、世界観や価値観や思考行動パターンも当然にして変わる訳だが、相変わらずワンパターンなのが現実であり、惰性とマンネリに終わってしまうが、そうならないためには、とにかくいろんなものに関心を持って挑戦していくことが必要である。

まあ、「人生窮すれば通じる」もので、捨てたものではない。自暴自棄にならないで、コンプレックスや不遇をステップバネに、ケセラセラで笑っていけば、どうにか道が開けるものである。

そんな想いに、今週もきょう1日、自分なりの目標に向かって頑張ろうと思う。

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バランス

19歳になる愛犬のjanian君が具合が悪くなり一時はお花畑かと思う状態から、何とか点滴で持ち直し、殆ど寝た切りではあるが、何とか一命を取り留めている。

普段から自分の自然治癒力を信じている私としては、医者や薬を頼りにしてはいないが、今度ばかりは点滴に助けられた。

やはり、現代医療が如何に局所的、インスタント医療とは言っても、使い方次第ではその効果は抜群で、確たるエビデンスもない自然療法や民間療法を一途に頼みにするのも考えものである。

しかしながら、今回の新型コロナワクチンの投与については、医療技術者10,000人を対象にその効果を観察するらしいが、心配と不安が入り乱れる中、人柱となる医療技師者の決意決断には敬意を表したい。

しかしながら、YouTubeや海外のサイトを検索するに、日本のマスコミやメディアとの相違に唖然とする。わたし的には、どちらを信用して良いかわからないが、あまりにも日本のマスコミやメディアがガラパゴス的過ぎることに違和感を覚える。戦後70年を経過しても、やはり敗戦国のお仕着せを拭い去れぬ現実に、民族存亡の危機感を新たにする。

戦後教育も教師自体が洗脳され操られ続けてきたわけで、彼らだけに責任があるわけではない。NHKを始め、新聞やテレビは米国の日本ハンドラーによって、事実を歪められて嘘偽りが伝えてられてきたわけで、こんなことが今後も長く続けば、日本民族は欧米や中国や韓国の単なるパペットになってしまう。

そんな想いに、憂いは募るばかりだが、自分のできる事は最善を尽くすとしても、できない事は大自然の摂理にお任せして、心豊かに日々を過ごしていくしかない。

いずれにしても、全てを忘れたい。何も知らなかったあの頃を思い出しながら、今あることに感謝する次第である。

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株価

日経の株価が上がり続けている。人口減少下、コロナ禍での不景気に株価が上がる理由はない。日銀と年金機構が日本株を買い続けているからで、これから3月に向け30,000円を超えるらしい、

自由主義経済の下、企業の業績が好調なら株価の上昇は極めて健全だが、今日のような公的機関による買上げは極めて不健全である。つまり、公的機関によって株価操作をしているわけで、今の日本の株式市場はお隣り中国と余り変わらない。

しかし、こんなことがいつまでも続くわけがない。なぜなら、完全に実体経済とかけ離れているからで、これから凄まじいインフレの末に日本経済が崩壊し、公的年金も大幅に減額されるのではないだろうか。

そんなことから、なるべく後年度負担を軽くして、自前で生きていく工夫をする必要があるが、そんなことから、私は携帯料金や毎月のサブスクリプションなどを見直し、無駄な経費を削減することにした。

幸い、最近は外出も減りDIYやガーデニングや料理に感けているので、サブスクリプションなどは整理しても一向に不便に感じない。

そんな中、今日はたまたま離れの柱時計が壊れてしまったので、永らくお蔵入りしていた昭和のネジマキ柱時計を引っ張り出しセットしてみたが、時報の音がやけに新鮮に聞こえて大満足である。

正に、一人離れに安処し、いずれとは知らぬ次元にチャネリングする喜びを得て、ネットをも超える豊かな感覚を覚える。

玄関先への手水に始まり、生活環境を整える意味を、この年になって知り、己の愚かさに呆れ果てるが、全ては節分の豆まきに始まり、新たな時代の幕開けが予見される。

今あることに感謝したいと思う。

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