歩道

夜風が冷たくて気持ちがいい。まだ春なのに、公園の水銀灯に真夏の想いが甦る。

あっと言う間に、今日も一日終わってしまって、何か釈然としないものを覚える。

「人は人に傷つき、人に癒される」というが、「愛を形に生きる意味」を改めて考えてしまう。

歩道に響く靴音に、新たな出会いを信じて、また明日から頑張ろうと思う。

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想い

屈折した愛に生きる私達は幸せである。すべてに感謝したいと思う。

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過疎化

厚労省の国立社会保障・人口問題研究所が先月30日に発表した将来推計人口によると、郷里の山梨県の人口は2045年には600,000人を割り込み598,935人になると言う。さらに、県都甲府市の人口は、2045年には、2015年に比べ46,534人減り146,591人になると言う。

そんな中、甲府市は既に指定されている特例市から中核市への移行を進めているが、ご案内のように、中核市とは、人口30万以上の市に、政令指定都市なみの権限を移譲するもので、1994年(平成6)の地方自治法改正で、広域連合の制度とともに創設され、指定を受けるには市議会の議決を経て、都道府県の同意を得なければならない。

また、2010年(平成22)4月の時点で40市が中核市の指定を受けているが、制度創設当初は中核市の要件として、人口のほか面積が100平方キロメートル以上であることや、人口30万から50万の市では昼夜間人口比率(夜間人口100人に対する昼間の人口)が100を超えることと定められていたが、これらの要件は徐々に廃止され、現在は対象市が拡大されている。

さらに、2015年(平成27)4月1日には、特例市制度が廃止され、同制度は中核市制度に統合され、同時に中核市の指定にかかわる人口要件は「20万人以上」に変更されているが、この時点までに特例市に指定されていた39市は「施行時特例市」となり、その事務は中核市制度に移譲され、施行時特例市に対しては、人口20万未満であっても中核市の指定を受けることができるという特例措置が2020年3月31日まで取られている。

このような状況下に、 将来人口が急激に減少することが予想される甲府市は、政令都市並みの権限を持つ中核市に鞍替えしようとしている訳であるが、中核市としての業務を担うには、それなりの財政規模や人材が必要になる訳で、政令都市に準じた行政サービスが提供できるのか心配になる。

まあ、プロ集団が協議を重ねて結論を出すわけだから間違いないと思うが、「乞食が馬を貰った」ようでは心許ないし、世間には「分相応」という言葉がある。現状と将来予測を踏まえて取り組む必要があると思う。

まあ、時折地元紙でこの手の記事を読むと、必ずと言っていいくらい「リンケージ人口」なるキーワードが出てくるが、こんな不自然な指標まで持ち出なければ辻褄が合わないような計画や政策では心許なく、何か体裁だけ整えたような感じがする。

さらに、こんな将来予測を踏まえると、JR西日本のリニア新幹線への投資も採算が疑問視される訳で、何か国の経済政策もオリンピックも含めて、完全に中国のような自転車操業政策に鞍替えしたような感じがする訳で、ゴーストタウンになろうが、赤字路線になろうが、次から次へと建設投資を繰り返し景気を浮揚していく場当たり的な経済政策でいいのか疑問になる。将来、未稼働資産ばかりが増えて、いずれはガラクタに埋もれて破綻するような気がしてらない。

まあ、私的には、生活し易い都市の規模は、古代ギリシャの都市国家アテネやスパルタのような見渡せる範囲の都市形態が良いように思うが、そんな視点に立てば、一方的に経済効率を押しつけ、住む地域によっては格差が生じ、市民サービスの低下が見込まれる「道州制や広域行政」の導入も考えもので、市民の生活目線を無視したものに思えてくる。

まあ、そんなことから、甲府などは分相応にして、寧ろ世界時計から外れて、地方の「小じんまりした小綺麗な田園都市」として、独自の路線を行くのがいいように思う。

確かに、今はグローバル化に伴い、効率や利益を追求しなければ生き残れない時代であるが、しかし、それによって社会格差が拡大し、多くの問題が生じている訳で、田舎は過疎化が進みコミュニティが崩壊する一方、大都会は人口が集中する中、面白おかしく便利で快適ではあっても、安全や安心が脅かされ過酷な生活環境の中で、ストレスを抱えて生活しているのが実態である。

とは言え、お互いに「ないものねだり」をしても仕方ない訳で、あるものも搔き集め創意工夫を凝らして頑張るより仕方がないと思う。

折しも、甲府は来年平成31年には、開府500年を迎えるが、これを契機に、官民が一体となって、大都会では味わえない「人に優しい都市」の創造に、百年の大計を持って臨んでもらいたいと思う。

まあ、何事も使えば資源、使わなければゴミである。利用可能な社会資源をかき集め、フル活用していくことが、今後の地方都市の存亡を決定づけるものになることは確かである。

いずれにしても、リニア新幹線の開通は、首都圏と甲府などの国中を結ぶ大動脈として、昔の大弛峠や笹子峠のトンネル開通にも匹敵する経済効果が見込まれるはずで、正に千載一遇のチャンスである。

まあ、AIを使った自動運転技術の開発が現実味を帯びる中、リニア新駅と甲府の市街地を自動運転のモノレールで結ぶくらいの計画は立てていると思うが、地元に社会資本がなければ、大都市圏から資本を呼び込むような大胆な政策も打たない限り、千載一遇のチャンスをものにすることは難しいように思う。

まあ、時すでに遅しの感はあるが、狭い了見であか抜けない議論を繰り返していては埒があかない。田舎目線でなく、首都圏や名古屋圏の目線からも、新たな需要を掘り起こすくらいの意気込みがほしい。

将来9年後に甲府から20分でつながる品川は、山手線や東急や地下鉄などで、渋谷や恵比寿や赤坂や六本木、日比谷や銀座、日本橋や浅草、さらに横浜や京急で羽田に直結している訳で、海外からのアクセスもかなり改善される。

そんなロケーションを踏まえると、将来の甲府は、都心からあっという間に到達する「山の中に田園都市」になる訳で、そんなロケーションを活かしたサービスを提供していけばかなり過疎化は低減されるものと思う。

山梨県の観光標語「週末は山梨にいます」が正に実現する訳で、そんな100年の大計を胸に、後世に夢と希望を伝えていきたいと思う次第である。

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器用

世の中には器用な人がいるものである。正に「好きこそ、ものの上手なれ」である。一人でこれだけの楽器をこなすとは驚きである。今後の活躍を期待したいと思う。

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SNS

交流サイト(SNS)Facebookから8700万人分の個人情報が流出した問題が波紋を呼んでいる。Facebookのアカウントを利用して他のサービスにアクセスしたことから、個人情報が流出したらしいが、Facebookのアカウントを用いて他のサービスにアクセスすると、そのサービス事業者に「アクセストークン」と呼ばれるデータがFacebookから渡され、それを用いて、その事業者がサービスに必要な情報をfacebookから引き出せるようになるらしく、そんなシステム上の盲点をついたものらしい。

まあ、個人情報としてはFacebook以上のものはそうはない訳で、聞くところによると、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEOは、デビット・ロックフェラーの孫であることからして、世界を股にかけて利権を貪り尽くすロスチャイルドに通じるものがあり、何かしっくりしないものを感じる。

まあ、この事件の真相や責任が米議会で追及されSNSへの規制が議論される事態になってるが、元々これだけのサービスが無料で提供される自体が可笑しな話で、個人情報が特定されないまでも、何らかのメリットがあることは容易に想像がつく。

なぜなら、私のようなこんなさもないサイトでも、ドメインとレンタルサーバーを維持するのに年間9,000円近くかかるからで、もし規制されるようになれば無料でなくなるものと思う。しかし、仮に有料になるとしても、現在Facebookの利用者は世界で20億人と言うから、年会費100円にしても、それだけで2,000億円の金が転がり込んでくるわけで、情報サービスは正に現代の錬金術である。

そんなことから、私は以前はFacebookを利用していたが、勝手にいろんな人とつながってしまうことから、私は現在利用を控えているが、以前親しく交流させていただいた方には、それっきりになってしまい本当に申し訳ないと思う。しかし、仮想空間での見知らぬ人との交流には抵抗感があるので、ご無礼を承知でご理解を賜りたいと思う。

しかし、その一方で、ピアツーピアのメールサービスであるLineについては、家族や仲間とのやり取りに超便利なので利用しているが、そんなLineも端末にある電話帳や写真や動画に自由にアクセスできるわけで、かなりの個人情報が、Lineの東京支社を通して、お隣の韓国に本社を構える韓国最大のインターネットサービス会社ネイバーに吸い取られている訳で、日本に同等のサービスがないことが口惜しい。因みに、ネイバーの筆頭株主は、韓国の年金公団であり、100%政府出資によるところから、日本は情報戦で既に韓国に引けを取っていることになる。

まあ、現在Lineの利用者は東アジアの諸国を中心に2億人と言うから、仮に規制することになり有料化した場合は、年間100円としても、1年で200億円の金が転がり込むことになり、笑いが止まらないことになる。

そんなことから、FacebookもLineも利用しないことに越したことはないが、今の時代は国や民族を越えグローバルな状況に突入している訳で、地方都市では外国人登録をカウントしなければ、都市の体裁が整わないほど過疎化が進んでいるところもあり、グローバル化への対応はいろんな意味で急務と言える。

まあ、それ以外にも、Amazonや楽天での買い物は今や常識であり、ヨドバシやビックカメラ等でのポイントカードやクレジットカード等の利用による情報は人工知能によって集積解析され、新たな商品開発や需要の創造に利活用されているわけで、今や私たちの欲望も情報操作の対象となる恐ろしい時代といえる。

ところで、情報化と言えば、今日の中東の内戦の火種となったチュニジアの民主化に始まる「アラブの春」も、焼身自殺による独裁政権への抗議動画がSNSにより情報拡散したことによる民衆の興起が発端であり、今や情報は金や権力に勝る力を持っているといっても過言ではない。

しかし、今回のシリアにおける生物化学兵器の使用については、国境なき医師団ホワイトヘルメットによる情報操作が疑われ、彼らの背後にあるネオコンによる画策かもしれないわけで、なかなか真実が伝わってこないところに、今日のジャーナリズムの限界があるように思う。

いずれにしても、犠牲になるのはいつも女性や子供や高齢者などの弱者であり、表向きは差別や偏見をなくし弱者が輝く社会とか言っているグローバル・エリート達の卑劣な偽善には怒りを覚える。

まあ、そんなことから、世間は意外と単純で、基本的には権力と武力と金である。よく「金の切れ目が縁の切れ目」とか言うが、100年の想いも金がなくては始まらないし、さらに、世間では虐めや虐待やDVや暴力などは尽きない訳で、それでも、私たちは様々な形の差別や偏見や暴力を見過ごしていけない訳で、自由で安全で安心な社会を創り上げるには、やはり、その対抗手段として武力と金は必要不可欠なものだと思う。

そんな訳で、何か支離滅裂になってしまったが、何事もうまい話には裏がある。全方位に安心していられる場所など、地上には何処にもない。さもない生活でも弛まぬ努力の結果であり、改めて日頃の努力と忍耐を心する必要があると思う。

そんなことから、世界は激変している。しかも、地上にあるものは全て砂上の楼閣である。それゆえに、日々日常のメンテが不可欠になる訳で、その意味からも、フェイクニュースに惑わされない心眼を養う必要があるのだが、今日の世相を踏まえると至難の業であることは間違いない。

そんな想いに、気分は暗くなるが、しかし、季節は春である。街に繰り出せば、周りは春一色で靴が鳴る。難しいことはさておき、人生は基本的にケ・セラ・セラで行かねばやり切れない。そんな想いに、来週も新たな出会いを信じて、頑張ろうと思う次第である。

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こんな屈折した愛にしか生きられない私達は幸せである。なぜなら、そんなところに、愛の本質があるからである。

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新緑

すべてを捨てなくては、新しい一歩は踏み出せない。新たな出会いを信じて、頑張ろうと思う。

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日に新た

本格的な春の訪れに、街の雰囲気が違って見える。そんな想いに、今日も新たな出会いを信じて頑張ろうと思う。

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恋愛

「40代の女子には不倫しかないんですよ」と、美人で医師タレントの西川史子先生の発言が、物議を醸し出している。

まあ、西川先生と言えば、「理想の結婚相手は所得4千万」とか言う高飛車な発言が思い起こされるが、元葛飾区議会議員で福祉関係の役員との結婚も4年で破局し、その後は豪邸で愛犬と優雅に暮らしていると言うが、最近は急性腸炎で入退院を繰り返し、激やせぶりが話題になっている。

まあ、歯に絹着せぬ毒舌とも思える発言は、幾分リップサービスもあると思うが、先生が離婚の危機に直面した時に心理学やカウンセリングの本を20冊以上も読み漁ったそうだが、理屈や理性で男と女の関係を紐解こうとしたところに無理があるように思う。

まあ、西川先生は頭も良く優等生だから、どうしても知識や知恵が先立ち邪魔をして教科書や世間の基準で、物事を観てしまうのではないかと思うが、人間はもっと狡猾でデタラメで泥臭い生き物で、誰もが野獣のような一面を持っていることを忘れてはならないと思う。

さらに、よく考えれば、日々日常の生活も、案外そんな裏の感覚や感情が原動力になって行動しているわけで、よくも悪くも沸き上がる感情を素直に受け留め結論を急がずに、その場を過ぎ越していくいい加減なところもないと世間は渡っていけない。

そんなことから、私達の日々日常を垣間見るに、日々日常は知識や経験則による文化や文明の中で営まれている訳だが、その一方で、私たちは自分自身の感覚や感性や感情に生きているわけで、これを無視すると、後でとんでもないことになる。

特に、食と性に関することは理屈や理論が通らないことが多く、理性より感性によるところが大きく、動物的な感覚や感性を信じた方がいいように思う。

つまり、栄養学などに凝って食事しても美味しくないし満たされないし、医学情報なども限られた臨床データの分析結果であり、そんなものはあくまでも参考程度にしないと却って身体を壊すような気がする。まあ敢えて言えば、食べたいものを偏らずに「腹八分目医者知らず」とか「腹も身の内」と言った程度に食するのがいいように思うが、このことは人間関係にも通じることで、家族や親しい間柄でも、また、単なる知り合いに対しても、それなりの感覚や感性から、つかず離れず適当な距離感を保つことが必要である。

そこで、話しを元に戻すが、不倫は多くの代償を伴うからうまくないが、それでも偽らざる気持ちがあるから、そんな関係になる訳で、あくまでもケースバイケース、今のパートナーや相手次第でもあり、ときには良い結果になるかもしれない。

しかし、一般的に、男女の関係はグループで付き合うとか、話題を限定するとかして、深刻な関係にならないように「腹八分」に収めておく方が無難である。

くどいようだが、結論を言えば「食と性」に関しては、極めてプライベートな生理的な問題なので、世間の常識や基準は全く当てはまらないと考えた方がよく、自分の趣味嗜好や感覚や感性を知ることが大切だと思う。

まあ、今やLGBTが市民権を得る時代である。女装やコスプレが趣味で週末はコスプレパーティーに入り浸りとか言う人も珍しくもなく、そんなことからすると、有名女優の下着を頭に被って喜んでいる横浜の先生なんかは見っともないが普通である。

時に、混雑した電車などに乗ると何処か甘い匂いがすることがあるが、こと香水やオーデコロンなどの原料は、麝香やムスクなど、考えてみればかなりセクシュアルな原料が使われている訳で、人間はかなりやばい側面を持っていることが分かる。そんなことから、混雑した車内ではそばの女性の匂いを嗅いでも痴漢になると言うから、混んだ電車に乗る時は、なるべく若い女性から離れて、おっさんのそばに乗るのがいいと思うが、これも誤解されると怖いものがある。

そんな訳で、西川先生の発言は、高学歴で独り身の女性にとってはかなり重い発言である。でも見方を変えれば、それほど男と女の関係は、多面的で重層的で複雑怪奇で面白くもある訳で、一筋縄でいかないところに人生の機微がある。

そして、さらに言えば、男女がお互いに結ばれることによって、私たちはお互いに何を求め何を得ようとしているのか、自分なりに考えてみるのも面白いと思う。

そんなことから、私は子供の頃から、勉強ばかりでなく、絵や習字や音楽やダンスやスポーツなどの習い事を通して、自分の心を読み解く感覚や感性を養うといいと思う。

しかし、それにしても、人間は大人になると、子供の頃の気持ちをすっかり忘れて、酒やタバコやギャンブルや女といったイージーなものにハマり、日頃の想いやストレスを発散するようになってしまう訳で、そんな悪しき生活習慣に陥らないためにも、多少手間とお金がかかっても自分に投資して見識を広げ、一心に没頭して自分を取り戻すことができるものも手にすべきだと思う。

いずれにしても、おじさまは若い女性が大好きだし、おばさまは若い男の子が可愛くて仕方ない訳で、その本質と本性は、野獣と変わることがないと同時に、誰もが1人では生きられないほど深く傷ついている事は確かである。

そんな人間の根源的な欲求を素直に受け止め、西川先生も気弱にならずに、新たな出会いを信じて、愛と正義と勇気を持って、頑張っていただきたいと思う次第である。

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春は寂しい。そうだ、この週末は海を見に行こうと思う。

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