バレエ音楽

この音楽を聴くと、中学校時代の貧乏生活を思い出す。全てに感謝したいと思う。

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意味

過ぎ越せば、全てに意味を失う。それでも、新たな意味を探して生きていこうと思う。

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雨の日は物憂い。こんな日は無理をしないで、素直に生きていこうと思う。

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バレエ

スケートもいいが、バレエもいい。神様の最高傑作を讃美したいと思う。

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クリスマス

過ぎ去れば全てに意味を失う。今年のクリスマスは雪にならなければいいと思う。

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寒空

今日の金融システムやグローバリズムは、NWOを企てる勢力によって、巧妙に仕組まれた奴隷支配システムであって、どこか共産主義と似ているところがある。

カール・マルクスは「宗教は民衆のアヘン」と評しているが、今日の宗教は、人間の弱みにつけ込み、理性や合理性を奪い取るばかりか、利益誘導ならまだしも、日夜権力闘争や覇権争いに明け暮れ、世界中に紛争の火種を撒き散らし、社会を混乱の渦に巻き込んでいる。

また、政治体制や経済システムにおいても、自由主義であれ社会主義であれ、資本主義であれ共産主義であれ、また宗教においても、キリスト教であれ、ユダヤ教であれ、イスラム教であれ、仏教であれ、カルト宗教であれ、その本質は、それぞれの世界観や価値観に基づく世界制覇であり、征服と支配を繰り返す覇権主義であって、民衆の支配と己の権力欲の拡大を図るものとしか思えない。

つまり、民衆を巧みに手懐け隷属させる方法が異なるだけで、彼らはみな同族同類であって、支配される民衆は、意識するしないに拘わらず、自由を奪われ彼らの奴隷になっているような気がする。

それは、今日の世界や社会の状況を見れば一目瞭然で、如何なる国や地域においても、富と権力が集中し、その陰で法外な搾取が平然と罷り通っている訳で、勝ち犬も負け犬も皆同じ、結局は巧みに仕組まれた支配システムによって、本来の生活を奪われ、体制や組織に隷属させられ死ぬ運命にある。

なぜなら、私達は生まれながらにして、すでに権力者や支配層が操る社会システムの中に組み込まれているからで、政治や経済や宗教は言うに及ばず、教育や学術や文化芸術やスポーツや娯楽に至るまで、また道徳や倫理観やマナーやエチケットや風俗や習慣に至るまで、人間は本来、人間の本質(本能や本性)に目覚め自分を豊かに表現できる存在なのに、時の権力者や支配層によって都合の良いように、私達の本質が歪められ塗替えられ利用され、彼らの意向に沿っている内はいいが、離れようものなら、この世から抹殺されてしまうからである。

仮に物の値段一つとっても、今日の状況は、職人の手間賃を値切るようなコストカットが平然として行われ、正に生き甲斐の搾取が罷り通っている訳で、製品の保証も有償が当たり前となる中、製品の品質検査の手抜きや検査数値の改ざんなどが常態化し、日本のモノづくりは、先ごろ行われた中国のマラソン大会ではないが、完走メダルを欲しさにマラソンコースをショートカットしたり、途中自転車に乗ったり、替え玉走者を立てたりするインチキマラソンとあまり変わりはないように思う。

まあ、マラソンの不正行為の理由が、完走メダルをインスタにUPするためだと言うから、笑ってしまうが、そんなことまでして完走メダルを手に入れて恥ずかしくないのだろうか。まあ、そんな恥知らずな人間は全部ではないと思うが、そんな民族が世界の大国として君臨していることは確かである。

要するに、彼らにとっては方法などどうでもよく、手に入りさえすればいい訳で、全てが見た目やイメージで、内容や内実などどうでもいい今の世相に酷似している。そんな、嘘偽りや偽善や矛盾に満ちたものが今の時代は権威となり、お金の力で民衆を巧みに操り支配している訳で、先の大戦で尊い命を国に捧げた特攻兵士しかり、当世風の思想や文化に被れ堕落し放蕩に明け暮れようが、ドラッグにハマろうが、また清く正しく正義感を持って仕事に励み、権威に従って生きようが、権威が権威たらしめるものでなければ、従う意味もない訳で、そんな人間は単なる奴隷に過ぎない。

そんな想いに、人生は物憂い。時に、お隣韓国の文在寅政権は、中国やロシアを頼りに、南北朝鮮の統一を果たし、中国の「一帯一路」路線に肖り、願わくばヨーロッパ制覇を企てているというから、驚きである。まあ、中国のスマホにはマルチウエアーが仕込まれ、先進諸国の新たな通信規格5Gから締め出す動きをくらっているが、同国は今現在キャッシュレス化が進み、一部の都市では試験的にAIによる国民の選別も進んでいるようで、そんな国と隣り合わせの日本は、少子高齢化と人口減少に喘いでいる訳で、何ともはや情けないものがある。

いずれにせよ、日本には、まだ骨の髄まで欲得や排他的な思想や宗教観に毒されず、目の前に広がる世界に真我を見出し、八百万の神々に生きる人間もかなりいる訳で、そんな人間がいる限り、如何なる文明も文化も、その一部として取り入れることはあっても、それらに同化されることは先ずないと思う。

そんな想いに、今日は寒空に萎む心を甘いココアで温めて音楽に興じ、ストレッチでもして沈む気持ちを建て直し、実りある一日にしていこうと思う次第である。

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世相

過ぎ去れば全てに意味を失う。全てに感謝したいと思う。

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創意工夫

オーバーツーリズム(Overtourism)とは、観光地のキャパシティ以上に観光客が押し寄せる過剰な混雑な状況を言うが、観光消費1兆円と言われる京都市などは、京都の情緒や風情が失われるほど、観光客が押し寄せてくるらしく、正に観光公害である。

この秋の連休も、鎌倉や江ノ島では桁外れの混雑ぶりだったそうで、江ノ電の混雑ぶりや沿線各地の観光地の人混みやゴミの山を想像しただけでもゾッとする。

海外でも、大型クルーズ船が停泊するベネチアなどでは、一度に増える観光客によりトイレが不足したり、下水道がパンク状態になったりして、インフラの整備や混雑対策に損失を抱え、勘定合って銭足らずと言ったことらしい。

まあ、私の郷里山梨でも、富士山やその周辺の観光地は、中国人などの外国人観光客が挙って訪れ、観光地のお店や観光施設が外国人に占領され、外国人目当てのお店や施設のような感じがする。

また、都内の量販店やブランドショップでも、私達日本人が躊躇するような高級カメラやブランドものを品定めしているのは、日本人より外国人が多く、正に、日本の高級品はインバウンド消費によって支えられている感じがする。

それに引き換え、地元のスーパーや商店街の安売り特売場に群がっているのは日本人ばかりで、生涯出生率が1.41と少子化に喘ぐ日本の消費動向は、正に0.6人分を外国人の消費に支えられていることになる。

まあ、日本人は中国で作られる安価なものが並ぶ100円ショップを御用達にする一方、私達日本人が丹精込めて作り上げる高級品は、外国の富裕層に買われていく構図が思い浮かび、何ともはやシックリこないものがある。

そんな中、今国会で恐らく成立する「改正入管法」により、日本は当面不足する労働力を外国人労働力で賄うことになるが、出生率が2.0に回復しない限り、現状の経済力や社会制度や社会インフラを維持するのは難しく、国民経済を身の丈にダウンサイジングしない限り、移民を受け入れることになるのではないだろうか。

まあ、戦後日本がこれだけ発展したのは、様々な要因があると思うが、何と言っても団塊の世代の人口ボーナスによるもので、やはり国力は人口であり、中国やインドやインドネシアの経済発展が、これからも見込まれることからも、少子化対策には本腰を入れる必要がある。

なぜなら、子供一人が生まれれば、その経済効果は孫の代にまで及ぶからで、少子化の原因は所得水準の低下にもよるが、それより人間の営みそのものが歪んだ感覚でしか捉えれられなくなった世相にあるような気がする。

いずれにせよ、ここまで落ち込むと、余程の発想の転換と大胆な方策を取らない限り、今日の世相を打破し、現状復帰への道筋をつけることは難しいように思う。

まあ、私的には、嫡子や婚外子に拘らずに、公立私立を問わず教育費は大学教育まで全額無償化し、税制面や子育て支援制度は、婚姻関係にない世帯にも拡充して、フランスのように、子育て世帯への支援措置で、家族全員が食べていける程度のことをやらなければ先ず無理だと思うし、政権によって制度が二転三転するようでは実効性が失われる。

特に、高齢化が進み、男女の関係が多様化し、未婚や晩婚、離婚や再婚から家族関係もシングル化やステップ化し、パパ活やママ活、親子の断絶やDVや老老介護などの諸問題まで抱えるとなると、既に今日の男女関係や家族関係は大きく変容している訳で、もっと私達の本音や本質に即した家族制度や社会制度を構築していく必要があると思う。

そんな中、未だに地方創生に希望を抱いている衆院の石破茂氏のような人もいるが、国策で地方再生に成功した事例はなく、近い将来若い女性が都市部に集中し消滅が想定される地方の創生や再生を、国家政策に掲げて選挙している国もないことから、望みは限りなく薄いように思う。

その一方、世界の先進諸国は、都市のスラム化や交通渋滞やごみ処理問題や大気汚染や治安などの都市の再生が、国策レベルの最重要課題であり、これからも地方創生や再生が課題となることは、先ずないと思う。

まあ、選挙制度にもよると思うが、それだけ先進国の動向や近代社会の方向性に疎い人間が政策や政治を動かしている訳で、ハッキリ言って余程の天変地異や戦争でもない限り、人口減少に伴う地方の再生はありえないし、少子化や人口減少は、国の衰退につながる危機的な状況なのである。

まあ、私的には、少しでも地方都市の過疎化や消滅時期を遅らせる方策として、首都圏や主要都市との公共交通網を安価な料金で利用できるようにすべきではないかと思うが、それは、私達の日々日常は、憲法の生活権で保証されているように、衣食住の次に移動交通があるからで、交通網を拡充し利便性を高めることが、仕事や住まいやレジャーの活性化を促し、引いては私達の生活の質の向上や地方都市の消滅を遅らせることにもつながるものと目されるからである。

そんなことから、山梨県の観光ポスターのキャッチフレーズではないが「週末は山梨にいます」が当面の課題であり、子育てや介護やレジャーの利便性の向上を図り、さらに通信網を整備し、首都圏からの企業誘致など促進していけばいいと思うが、それには高速道路の無料化や高速鉄道網の整備や通信料金の低廉化を国に働きかけていくべきだと思う。

いずれにせよ、人口が集中する都会でなくては、文化や芸術や芸能は成り立つ訳もなく、その一方で、それらの源泉となる感覚や感性は大自然に育まれて初めて覚醒され開花する訳で、商業ベースに乗らない無駄もなくては、世界中の人々の羨望の的となっているマンガやアニメや歌舞伎などの日本文化の特異性が失われてしまうような気もする。

また、特に私達人間の感性や意識が大きく変容し、既存の枠組みでは収まりきれなくなってきたことも確かで、自分を正しく写し出す鏡がほしいところだが、それも拘り出すと排他的な原理主義に凝り固まり「believe in something(何かを信じる)」に執着することになってしまい、「respect for something or others (多様性の中に他者を理解し尊敬する)」ことにはならない訳で、ハロウィンで大騒ぎし、クリスマスを祝い、初詣に神社にお参りして、お寺にお墓参りをする日本人の宗教観は、他者の中に自分を活かす知恵にもつながるものがある。このような世界観や価値観は世界的に稀であり、グローバルな時代に即した近未来的な思考や世界観だと思う。

そんな訳で、何か取り留めのない話になってしまったが、要するに、私達はいま居ながらにして、かなりの情報が手に入る訳で、そんな中にも、世界や社会の闇の部分が次第に明らかにされてきた訳で、やはり人間はいつかは本音を語るものだと思う。

まあ、本音や本心を押し殺し、利権や利得に終始しても、死ねば全てが無と化す現実に、本音を語らぬ意味はなく、三島由紀夫や太宰治のように死を持って想いを残す方が、私には美しく思える。

そんな訳で、凡人は生きている内が花、想いを語り共にすることこそ人生であり、庶民の楽しみである。そんな想いに、今日も新たな出会いを信じて、頑張ろうと思う次第である。

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青春

ジョンデンバーのクリスマスアルバムは、いつ聞いても心が癒される。 その後スキーに夢中になったが、今になってみると、私はスキーすることより、彼のアルバムにあるような冬山の音のない世界に憧れていたような気がする。

全てに感謝したいと思う。

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健康

愛犬ティファ

私は最近ココアにはまっている。何気なく飲んでみたところ、身体が温まり、やけに美味しいのである。それで病みつきになった訳だが、そんなことから、ココアの効能を調べてみたら、とにかくいいことづくめで、ビックリした。

調べ上げた効能を列挙してみると、1 ウォーミングアップ効果 2 動脈硬化の抑制 3 脳の機能の改善 4 血流を改善して 冷えやむくみを解消する 5 血圧を改善し血管を健全に保つ 6メタボを予防する 7 紫外線による肌のダメージを軽減する などの効能(日経ヘルス)が期待されるようで、血管が若返り、肌の再生が促進され、認知症の防止や美容効果もあると言うから、高齢者や女性には持って来いの飲み物かもしれない。

まあ、ココアと言えばオランダのバンホーテンココアが有名で品質も確かなので、私はココアに牛乳を加えて温めて飲んでいるが、街で飲む砂糖入りのココアとは違い、薄甘くて美味しい。身体が温まり、牛乳によるお腹のゴロゴロもないし、腸内フローラの餌にもなると言うから、しばらく続けて飲んでみようと思う。

ところで、今日は昨年亡くなった愛犬ティファの命日で、もう一年が経過したかと思うと感慨深いものがある。このところ、妹のクーちゃんも人間で言えば人工透析の治療を受けるほど腎臓機能が低下し、毎日点滴治療を受けているが、その甲斐あって、最近はかなり元気になった。先生に伺うと、15歳と言う高齢なので、悪くしないケアをするしかないようなので、できるだけそばにいて元気づけてやりたいと思う。

まあ、これまでに亡くなったマリちゃんやサンディ君やティファちゃんやオカメインコのWindy君達が天国の虹の橋で僕を持っていてくれると思うと、寂しいどころか今にでも天国に駆けつけて行きたいところだが、先ずは天国に召されるかどうかが問題である。

しかし、何事も最善を尽くさなくては神様も振り向いてくれないので、天国で皆にまた会えるよう、我が内なる真我を通して万物の精霊にコミットして、余生を実りあるものにしていこうと思う。

それには、萎んでなんかしていられない。幾つになっても人生はチャレンジ挑戦である。多くの大人が不健全なことにハマるのは、すぐ目の前にできることをバカにして面倒がってやらないからで、どんなことでもやりさえすれば上手になるもので、若者に負けるとは限らない。それに、やりだせば自分なりに創意工夫もするから、そんなところが、私的には人生を有意義に過ごす秘訣ではないかと思う。

しかし、そんな思いとは裏腹に、若い頃は本当に大馬鹿者で、家族や人の言うことに聞く耳も持たずして、手間を惜しみ、身勝手な振る舞いばかりしていて、本当に情けない。随分人に迷惑を掛けてしまって、申し訳なく思うが、今となってはどうしょうもない。せめて、これからは、同じ過ちを繰り返さないようにしようと思う。

そんな訳で、今日はココアパワーとティファから元気をもらい、新たな視点で今年一年を振り返り、平成最後の暮を充実したものにしていこうと思う次第である。

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