ワクチン

これでも接種しますか? ワクチンパスポートがないと社会生活が制限されるかも知れないが、私は遠慮したい。

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feeling

貨幣経済の行き着くところ… 私たちの文化文明は行き詰まっている。新たな視点で、物事を捉える必要があるのではないだろうか。

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トリチウム

トリチウム汚染水の海洋放出が決まったが、2年後に100倍に希釈して海洋に放出するとは言え、半減期は12 3年、体内に取り込まれると10日ほど内部被曝のリスクがあると言うから、産地を確かめもしないで、海産物を口にできそうもない。

何とかトリチウムを分離する技術を確立してほしいと思うが、発災から10年を経過してもできないとなると、日本の技術力も大したことがない。電気料ばかり高くなっているが、その辺の技術開発にそれなりの投資をしているのだろうか。

そんな視点から、最近の日本の社会インフラへの投資傾向を眺めてみると、5Gなどの通信関連投資ばかりが脚光浴びており、既存の社会インフラである電気ガス水道、道路や橋梁等への投資が停滞しているような気がする。

なぜなら、私の地元でも、12日午前JR身延線の橋りょうから、およそ5メートル下の市道に、枕木を固定する重さおよそ1.2キロの金属製のボルトが落下していたと言うが、鉄道や高速道路から市民が一般的に利用する公共施設などの維持管理や施設整備なども経費削減から最低レベルだとすると、考えものである。

ちなみに、地元の児童館を拝見するに、外壁の塗装がハゲ落ち、見るも無惨な風体に見えるが、古くても小ざっぱりとしていないと、良い運気も舞い降りてこないのではないだろうか。

私的には、あんな暗いお化け屋敷のような施設で子供たちを遊ばせる気にはなれないが、その辺の感覚は人それぞれだとしても、安全に安心して利用できる公共施設の維持管理は、あまりみすぼらしいものであってはならないように思う。

そんな訳で、今後トリチウムイオン水の海洋放出が世界的に日本の評価を下げるものにならぬよう、原発関連に絡む超エリート集団のリベンジに期待したいと思う。

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男と女

冒険…愛…

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新年度

4月に入って7日である。世間は相変わらずコロナコロナで、自粛基調の中、コロナ鬱解消と体力保持に始めた家周りの整備やガーデニングやDIYは、これまでのカメラやスマホに明け暮れていた生活から抜け出る思わぬきっかけとなり、いつもスマホを持ち歩き、情報のルツボにマルチタスクを強いられてきた自分に気づくことができた。

思わぬコロナの恩恵であるが、自分は物事を並行処理すること、マルチタスクすることが吉と思っていたが、実は1点集中主義シングルタスクの方が能率が上がり誤りが少ないようである。

自分としては、加齢による能力の低下ではないかと思っていたが、1点集中主義に切り替えてから、精神的にも肉体的にも充実した生活が送れているように思う。

テレビは見ないし、スマホも朝茶を飲むと昼と夕方に開くだけで、机の上に置きっぱなしである。そんな生活から、日々日常もかなりシンプルになって、ある意味本来の自分を取り戻したような気がする。

簡単に言えば、シルバー人材センターの庭掃除のお爺さんに見えるらしく、お隣りに訪ねて来る郵便や宅配人から所在を聞かれることがしばしばある。

そんなわけで、世の中今も様々なことが起きているが、それも「知らぬが仏…」、知れば様々な想いから、いらぬ好奇心や探究心に苦しむことになり兼ねない。

そんな想いに、日々日経に振り回される貨幣経済の功罪を痛感するが、考えてみればどれもこれもガスネタばかり、改めて時間の使い方を見直す必要があるのではないだろうか。

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僕らは愛に生きている。愛を信じて共に頑張ろう。

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感謝

季節の移り変わりは早いもので、今年も第一四半期が終わってしまった。寒さに震えていた日々にいつしかお別れして、新緑の光の中に想いを巡らすようになった。

コロナで外出を控え、お掃除や料理や庭の手入れに喜びと幸せを感じる中、知人も訪ねてくるようになって、喜びも倍増である。

昨日も庭の掃除を終え、お茶でも飲もうとしていたところ、最近めっきりご無沙汰していた知人が訪ねてきた。音楽好きの私に、80歳で初めてソロアルバムを出した地域ミュージシャンのCDを届けに来てくれたのだが、話は日ごろの話題に終始して、実に楽しい時間を過ごした。

それから、しばらくして、裏庭で憎きミントとドクダミなどの雑草の地下茎を掘り起こしていると、きれいになった裏庭と私の離れを聞き及んで、妻のお友達が訪ねてきた。確か昨年の11月以来の再会で、2人は既にお互いの話題を語り尽くした後で、裏庭に来たようで、2人して僕の離れを見て行ったが、新たに障子の張り替えで購入した口で拭く霧吹きが廊下に転がっていたのが、懐かしかったらしく、妻からその様子を聞いた。 

その間、私は庭のミントと奮闘中で、建物も1部取り崩すので、初夏にはお茶やsweetを楽しめると思う。そんな会話に、喜びと幸せを感じた。

連日感じる「生老病死」への不安と恐れにも増して、飽くなき愛の本質への憧れは、森羅万象、今や種を超えた実存に、喜びと感謝の形で蘇ってくる。

春の日差し、恵みの雨、すべてに感謝したいと思う。

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fin

紙切れへの幻想から解き放たれ、大自然の息吹が復活する。すべてに感謝したい。

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世界は広い。やはりインドよりクリーンな文化文明社会の方が良い。精神が崩壊しない程度に、貨幣経済の論理に沿って、文化文明の恩恵に肖るのが利口ではないかと思う。

それにしても、アエロのCAを見るにつけ、女性は神の最高傑作だと思う。すべてに感謝したい。

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寿命

日本人が世界的に長寿なのは、病院や介護施設で過剰な医療行為によって延命措置されているからで、欧米のような割り切り方をすれば、現実には10歳位平均寿命は短くなるのではないだろうか。

まぁ、今回のコロナ騒動で、病院も患者数が減って経営が苦しいらしいが、コロナ以外に医療に何か重大な問題が生じたかと言えば、あまり聞かないことから、日本の医療は国民皆保険と言う視点から過剰医療ではないかと思う。

まず、薬や医者に頼るより、なるべく新鮮で加工されていない良質の食品を偏らずまんべんなく食することが1番ではないかと思うが、人によっては変なダイエットをして、結局はお菓子やスイーツに準じたものを食べている人もいる。その一方、玄米菜食や雑穀色やホールフードなど、今日的な食事から大きく乖離した食事をしている人もいる。現に、私の知人で、その種の情報を私のために送り届けてくれる人もいる。

それはそれでありがたいが、私は参考程度に、それも1つの食事法と捉えている。

しかしながら、食事は運動や睡眠以上に健康で健全な生活をする上で、最も重要なファクターであることに間違いはない。

何が自分にとって過剰なのか、何が不足しているのか、凝れば凝るほどわからなくなるのが現実で、NHKのためしてガッテンでスーパーの食品売り場の棚が空になる事はご案内の通りである。

そんなわけで、「毎日何を食するか」まともに考えると難しい。いずれにしても、体を壊したり病気になったりすると、自分が辛いだけでなく、周りの人にも迷惑をかけるので、極力そうならないように自助努力をしなくてはならない。

不用意に、おいしいから、喉越しがいいから、トレンディだから、とか言って、みんなで寄り集まって食べるのも食事だが、腹も身の内、好きなものばかり暴飲暴食すると、病気になるのは、ご案内の通りである。

まあ、基本的に自分でにっちもさっちもいかなくなって、身動きが取れなくなれば、病院通いも仕方がないが、それは全身的に治すと言うより、局所的に症状を緩和する程度に考えていた方が良いだろう。

極論すれば、病院は最終的な手段であって、昔からよく言われる「学校、病院、刑務所」等は、人間の自由と尊厳が束縛される場所である。学問など、やる気があれば、学校に通わなくてもできる。まあ、類は友を呼ぶ。世間はよくしたもので、自由と尊厳を束縛したり束縛されたりするのが好きな連中が寄り集まっているところが、学校であり病院であり刑務所なのかも知れない。

そんなわけで、今日も春の日差しに元気をもらって、自分らしく生きていきたいと思う次第である。

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