今日は寒い。何処か湿っぽい感じがする。さもすると崩れそうになるが、気を取り直して夕飯の下拵えをしようと思う。そんな想いに、改めてすべてに感謝したい。
原油高騰
原油の元売り価格が 昨日12日から1 L あたり26円値上げされた。そんなことは露知らず、値上がりを見越して灯油を買いに行ったところ、何と18Lにつき2150円前後から2758円と一気に500円も値上がりしていてショックだった。
朝夕のお風呂を毎日の楽しみにしているので何とかしてほしいが、ホルムズ海峡封鎖となれば仕方ない。長期化すればインフレが加速し庶民は生活が立ちいかなくなる。しかし、この戦争は宗教戦争の様相を呈しているから、そう簡単に終わらない。困ったものである。
まあ、一庶民が嘆いてみても「犬の遠吠え」でしかなく、この期に乗じて金儲けしている連中もいっぱいいる訳で、世間の闇は深い。
そもそも、心の平安や国の安寧は信仰心や宗教の上になりたつ訳だが、それが火種になって紛争が起こるから不思議である。
まあ、外に幸せを求めれば、自然と物欲と執着に駆られてしまう訳で、人や物を頼りにしない気宇な感覚に生きることが幸せになる秘訣である。
いずれにせよ、「妬み」を正当化し選民思想を肯定する一神教同士の争いに介入する手立ては皆無な訳で、お互いに戦い抜いて疲弊し焼け野原で、お互いの神の救いに縋るしかないのである。
まあ、現実的には、お互いに離れて干渉しないことが一番、日本も自前のエネルギーで何とか国を回せるシステム作りを急ぐべきではないだろうか?
そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。
春

2月25日から3月3日までの大犯土(おおづち)と4日から11日までの小犯土(こづち)は、土公神(どこうじん 土の神)さんが動く時で、土いじりが禁忌(昔からの風習)と言われるから菜園を控えているが、10日ほど前から新しいワンちゃんが家族になったので結構忙しい。
まだ、トイレがおぼつかないので、その後始末や汚したタオルの洗濯など一手間増えたが、それなりに楽しい。ダックスフントは5匹目だがこれまでになく元気溌剌、座敷を駆け巡る。唐紙の端を咥えて穴を開けたりしたので、補修和紙を買って穴埋めをした。電気のコードは噛むし、見ていないと何をしでかすか分からない。
カミさんはシナモンと呼んでいるが、どう見てもメスに見えないお転婆ぶりなので、私は「田のきっちゃん坊や」と呼んでいる。それにしても、元気過ぎるのでブリーダーに問い合わせてみたが、カニンヘンの仔犬は多動性があるようで、人間の多動性障害には当たらないと言うことだった。笑い…
そんな訳で、今年も水仙や木蓮が花咲き、春の喜びにあるが、その一方、イラン戦火が激しさと長期化が見込まれ、日本のエネルギー対策の見直しが喫緊の課題になりつつある。
トランプさんは数週間でケリがつくような発言をしているが、相手はペルシャである。宗教とそれなりの軍備がある訳で、そう容易く降参はしない。長期化は必須で、イスラエルのイラン殲滅作戦に加担したのは失敗だったように思う。
そんな視点から、日本もアメリカオンリーから脱却して、様々な国との連携を模索する必要がある訳で、中国やロシアをコケにし過ぎてもうまくない。まあ、当たらず触らず、適度な距離感が大切である。
そんな訳で、世界情勢に目を転じれば暗くなる。日本のエネルギーや食糧は大丈夫かと思うが、個人の力が及ぶところではないので、お得意の…「成り行き任せ」と気楽安楽を決め込むことにした。
そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

横浜
横浜は「みなとみらい21」や中華街と言ったイメージが先行するが、ちょっと外れるとかなりディープな場所がある。
まあ、男と女がいる限り、「みんなそんなもんでしょ…」な訳だが、そんな街には何処か惹かれるものがある。
改めて、生きる意味を問いたいと思う。
中東情勢
夜中に目が覚めた。ラジオをつけると昭和を代表する作詞家 安井かずみの特集をしていた。眠れそうにないので、布団から抜け出し炬燵に滑り込んで、スマホを開けば中東情勢がヒットした。
ベネズエラに引き続きアメリカの斬首作戦が炸裂してイランの最高指導者ハメネイ氏とその幹部40名と家族が犠牲になったらしいが、その報復として、ハメネイ氏の親衛隊が近隣諸国の米軍基地をミサイル攻撃し犠牲者が出ている模様。世界の原油の生命線であるホルムズ海峡の運航が危ないようで海運がストップしている。海運保険が跳ね上がり輸入コストの上昇から、これから生活コストの高止まりが予想される。
イランはウクライナ同様にディープ·ステートの巣窟から解体路線から狙われたものだが、残るは世界金融システムの解体となると、かなりの生活苦が予想される。
まあ、起き掛けにスマホを開けばこの始末、朝の清々しい気分が台無しだが、朝から座敷を駆け巡るワンちゃんに憂鬱な気分が吹っ飛び、我が家の新入りはカミさんの宝物でしかない。
そんな1日の始まりに、改めて今あることに感謝したい。
出会い
新しいワンちゃんが我が家にやってきて、今日で5日になる。カミさんは自分の好みからベタ惚れでオキシトシン(愛情ホルモン)全開、肌身離さず抱え込んでいる。
そんなことだから、ワンちゃんもすっかり慣れて我が物顔で家の中を走り回り、ボール遊びをする。廊下のスリッパを咥えてきて振り回したり、抱っこするとカーディガンのボタンを噛んだりもする。
食欲も旺盛で食事時になると待ちきれず、炬燵の横のローテーブルの端に伸び上がって催促する。1日3度の食事もペロリと平らげる。大人しい優しいメスのワンちゃんを想像していただけに微妙だが、ワンちゃんがやってきて、我が家の雰囲気がガラッと変わった気がする。
これからまた、ワンちゃんを通して、新たな交わりが始まる訳で、この新たな出会いに幸あらんことを願いたい。
そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

クレイジー
世の中狂っている。何もかも真面ではない。言葉は反目や誹謗中傷の道具になっていて相互理解には程遠い。
本来何でも一長一短、全てに通じれば全てに役立たない。簡単に言えば「毒も薬」よく効く薬は毒になる。そんな諸刃の剣を振り回しても、お互いに傷つくだけで、深入りせずに距離をおくのが知恵と言える。
確かに、言葉は相互理解に必要なツール、アイテムだが、それは二次的な用途であって、本来、言葉は相互理解のためのものではない。
言葉は己の仏性(霊性)に語り掛けるツールであり、言葉が言霊と言われる所以である。
言い換えれば、祝詞や真言や念仏や「祈り」が言葉の本来の役割(用途)であって、言葉は内なる霊性とつながるアイテム、ツールなのである。
だから、話し合うことは大切だが、相互理解に齟齬が生じるのは当たりで、本来の用途を逸脱しているからに他ならない。
森羅万象、常に変わり行く浮世の瀬に竿させば流されるのが当たり前、そんな風情を楽しむくらいの余裕で言葉しないと会話にならない。
そんな想いに、やはり人間はどこまでいっても一人、孤独の存在である。大きな象を目暗らが触ってお互いに理解したような気になっているだけで、その本質は幻想や幻影に過ぎない。
そんな幻想や幻想を頼りに右往左往しているのが私達の日々日常であって、それは国と国の外交などにも当てはまる。
そんな視点で、世間を眺めると、まあ何てステキな「ことば遊び」と言ったものもあれば、感情剥き出しに「罵ったり罵倒したり」本当に下らない言葉もある。
総じて、多くは単なる暇潰しや役立たない言葉の羅列であって、生きる糧となる言葉は、己の内面から沸き上がる言葉にあるような気がする。
そんなことで、今日はワンちゃんFREAKのカミさんのお伴で、遠方のブリーダーに新しいワンちゃんを迎えにいく。我が家のワンちゃんとしては7代目になるが、昨日は新しいケージとキャリーバッグを購入して組み立てたりして、受け入れ準備に忙しかった。
新しい家族の受け入れに、カミさんは上機嫌で友達に話し回っている。何代もお世話になっている獣医さんにも最初のワクチンで連れていくことや、リードや服などを買い足すのを楽しみにしているようである。
新たな春に、家族が増えるのは喜びである。改めて、今あることに感謝したい。
風

小梅の幼木がいち早く春の訪れを伝えてよこす。座敷の西の掃き出し窓を全開すると春の風が西から東へ突き抜けて、何と言う心地よさ…
冷蔵庫から炭酸を取り出して口に含むと、しゅわっと炭酸が口の中で広がり、一気に初夏になった気がした。
夕げに冷たいうどんが食べたくなって、菜園からネギを引っこ抜き、鶏肉やニンジンや大根、ゴボウやシメジなどを切り分けて、夕げの下準備をした。天つゆで煮込み暖かいうどんでもいけるが、冷たいうどんのスープにして食べようと思う。
風に吹かれ、いつしか蜻蛉の身になってしまったが、春の風に憩う穏やかな自分に戻れて大満足、ひたすら感謝したい。
時に何年か前に、湯島の白梅を観る機会を得たが、ところ狭しと掛けられた大学合格祈願の絵馬に、若き日の想いが重なり、春の風の匂いがした。
競い合い、争って何になる。今のネットは炎上ばかり、批判したり反目し分断や分裂を招くために言葉が使われている。哀れである。善きも悪くも皆な生き残りを掛けて生きているのである。
そんな流れに、本来の言葉を先人の知恵に肖り取り戻してみたいと思う。
春と言えば…島崎藤村の詩歌…
小諸なる古城のほとり島崎藤村小諸(こもろ)なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なす蘩蔞(はこべ)は萌(も)えず
若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶(と)けて淡雪(あわゆき)流る
あたヽかき光はあれど
野に満つる香(かおり)も知らず
浅くのみ春は霞(かす)みて
麦の色わづかに青し
旅人の群(むれ)はいくつか
畠中(はたなか)の道を急ぎね
暮れ行けば浅間(あさま)も見えず
歌哀(かな)し佐久の草笛
千曲川(ちくまがわ)いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒(ざけ)濁れる飲みて
草枕しばし慰む
改めて、今あることに感謝したい。
春
今日は鉢植えのキウイを地下ろしたが、春の日差しにヤマガラのヤマちゃんもやってきて盛り上げてくれた。まだ、寒い日もあると思うがその時はその時、何とかなる。
それにしても、ヤマガラは雀とちがって人懐っこくて傍によっても逃げないから大歓迎、今にメジロやヒヨドリや野鳩もやってくると思うと嬉しくなる。
そんな一人草庵に安処して久しいが、ネットを開けば、政局や景気を巡って大臣を始め与野党の議員やコメンテーターがこれよがしと持論を展開し、互いに反目しているが、傍目には「もうよがし」で、もうシェーシェー、中国人になってしまう。
そんな訳で、今日も1日が終わる。柱時計の5時の時報に、日がずいぶん長くなったことに気づいた。そんな想いに今あることに感謝したい。
ゴイム
デジタルAI技術の進化から、個人情報が紐付けされデジタル監視社会に進むことは、体制の如何に拘わらず進むと思うが、その最たるものが中国のアリススコアである。
スコアが下がると社会活動が困難になるから、治安や秩序を保つにはそれなりに実効性がある。まあ、でたらめな自己主張をするお国柄ならではの最適化されたツールだと思う。
しかし、行き過ぎると何かしらの基準で完全に支配されてしまうから、困ったものである。
世間は広い。改めて、己の「井の中の蛙大海を知らず」を思い知った次第だが、国が発展し大国になるのも考えもので、古代ギリシャの都市国家のように周囲を見渡せる程度が程よい都市空間ではないかと思う。そんな都市が点在し、それぞれ独自の文化圏を形成していくと楽しいと思う。