節分

新しい年は節分から始まる。何事もなかったように世の中が進んでいくが、いろんな意味で、世の中の嘘偽りが暴かれ、信実を見抜く意識が世界的に芽生えたように思う。

利権化した政界や宗教界なども、その場をうまく取り作り無難にことを収めても、それは不義、不正を行うものの証であり、真実は1つである。

腐敗しきった日本の政界は、今日どんなにテレビや新聞やマスコミが彼らを擁護しても、彼らの言葉を信頼するものは誰もいない。ますます不信感が募るだけである。

さらに、本来なら心の拠り所を自らが指し示す宗教界は、完全に世俗化し利権化して、神仏への不義偽りを証するものとなっている。彼らが崇め奉る神仏は己の神仏であって、決して衆縁、衆生のものではない。その証は彼らの行いや顔に現れており、衆生にその赤恥を晒し続けている。気づかぬのは彼らだけである。

そんな赤恥、不正選挙で選ばれた政権が、米国でいよいよ始動するが、30,000,000票しかなかった候補者が70,000,000票を超える候補者に打ち勝った選挙に、米国民の誰もが不信感を抱いている事は確かで、ここまで民衆を馬鹿にした選挙もない。さらに民主主義は、人任せでなく自立した人間の総意が鍵を握っていることが明らかになり、愚民化された正義を忘れ利得に走る民衆の方にも問題があると思う。

いずれにせよ、突き進む情報社会において、創り上げられたライフスタイルに、多くを学び真実を知り、私利私欲を捨て勇気を持って疑義を訴える民意が不可欠であり、各自が自立した存在であることが急務である。

地に堕ちた民主主義、それはとりもなおさず私たち一人ひとりの責任であって、戦後愚民化に下った日本の教育界の罪は重い。教育は、読み書きそろばんで充分、確たる存在べき生き様を示す教師や聖職者が次々と淘汰される現実に対して、ぬくぬくと権威面する馬鹿ども教師や牧師や坊主には誰も見向きもしない。

トランプのバイデンに宛てた最後の手紙の文面「You know I won.」が思い浮かぶ。「天知る地知る己れ知る」全く外れっぱなし、恥の上塗りの人生だが、節分を迎え、せめて自分自身には嫌われ蔑まされても、嘘偽りにありたくないと思う次第である。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

生涯現役

人生100年を目指して生涯現役で活躍することが美徳のように言われているが、どうだろうか、次の年齢構成を見て欲しい。

70歳以上 2791万人(総人口の22.2%)
75歳以上 1871万人(総人口の14.9%)
80歳以上 1160万人(総人口の9.2%)
85歳以上 618万人(総人口の4.9%)
90歳以上 312万人(総人口の2.5%)

仮に、70歳から75歳の間に亡くなる人は、920万人いる訳で、18.71%が事故や病気で亡くなっている。この数字をどう見るかは人それぞれだが、仕事もそれなりに自分に合っていて、ストレスを抱えない快適な職場環境にないと、お金だけでは済まされないものがある。お金を持って病院や介護施設に直行しては生きる意味が半減してしまう。

まぁ、一般的に働くとなると、自分の自由が利かないし、お金をもらう限り責任も出てくる。多少具合が悪くても無理しなければならなくなるわけで、そんなことが高齢になって、いつまでも続く訳がない。

まあ、人生楽して長生きするばかりが能でないが、私的には「仕事も遊びや趣味の延長…」でなくては長続きしないから、生涯現役を通す人はとにかく無理をせず、ほどほどに仕事した方が良い。

そんな訳で、今日は庭の紅葉の木を剪定してゴミ袋サイズに枝を細かく切断した。その他、北東と北西の角にレンガで四角いマスを作り、その中に白い玉砂利を敷き詰めて、鬼門封じとした。

家相や風水は、私のような貧乏人の家にはあまり当てはまらず恩恵はないが、それでもそれなりに気休めになるので、自分では満足している。

なぜなら、一般的にトイレや玄関の位置から、寝室のベッドの位置とか頭の方向とか、出入り口や窓との関係などと言うと、かなり条件の良い土地やスペースがある寝室でないと無理だからで、基本的に家相や風水はそれなりの家の吉凶を言うものと思われるからである。

そんなことから、わたし的にはできる範囲で家相や風水に準じ、後はお掃除や断捨離で家を清潔に風通しを良くして、居住空間を快適なものにしようと思う。そうすればストレスもなく、病気にもかからないのではないかと思うからである。

そんなことで、アメリカの政権移行も何事もなく終わり、改めて情報とお金を握るDeepStateの底力を垣間見た思いがする。まぁ世間は上から下まで、結局は利権争い、既得権の奪い合いである。宗教も教育も医療も1種の利権であって、むげに批判する事はないが、ほどほどにした方がいいように思う。

混迷、困惑の時代に、心の拠り所は内なる潜在意識を頼りにするしかなく、今日も何事もなく無事に過ごせたことに感謝したいと思う。

想いは果てしなく尽きることがない。改めて感謝したいと思う次第である。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

パソコン

このところDIYや庭の枯れ草処理などに追われて、ガジェットものから遠ざかっていたためか、妙にパソコンを開くのが億劫になった。1月も終わりに近づくと確定申告の時期を迎えるが、益々パソコン離れしそうである。なぜなら、最近は簡単なことならスマホやタブレットで十分だし、動画編集も4K編集やraw現像するわけでもないので、わざわざパソコンを開くまでもない。

そんな中、最近はコロナ自粛から運動不足解消を兼ね、家の掃除を念入りにしているが、終わると気分爽快、実に気分が良い。そんなことから、いつのまにか家の掃除は私がしているが、風水や家相にハマったことから、家の断捨離に身体を使い過ぎてぎっくり腰にもなってしまった。しかし、それはそれで、筋トレのきっかけになって、その後は慎重にスクワットをするつもりでやってきた甲斐があって、このところ調子が戻って自信が出てきた。と同時に、ガーデニングは結構体力を使うのか、やたらと腹が減る。

大食はいけないと思いつつ、以前よりたくさん食べるようになったが体重は変わらない。それどころか、時々悩まされてきた交通事故の後遺症である肩こりや首痛も和らぎ、人間の身体は捨てたものではないことを実感した。何が功を奏するか分からない。「災い転じて福となす」こともある。だから、いかなる時も希望を捨てずに、頑張るべきだと思った。

そんな中、昨日は白菜漬けにチャレンジしてみたが、どんな味に仕上がるか楽しみである。まだ本漬けがあるが、ゆずと鷹の爪と昆布は用意してある。それに、ぬか漬けもコロナ自粛で始めた道楽だが、多分コロナに出会わなかったら、こんなことにはならなかったと思う。

まあ、人生は全て出会い、よい出会いを得るには行動するしかない。仏門では、全てが因縁、過去の行動の結果が今を作ると言う。さらに自分の持つカルマとご縁(出会い)が因果律だと言うから、困難なことがあったら、いつまでも神仏を頼りしていないで、とにかく新たな出会いを求めて行動するに限る。

例えば、世間になんと言われようとも、そりが合わなければ、会社を辞めるとか異動とか、別居とか離婚したほうが、悩み通したり神仏頼りするよりいいと思う。なぜなら、自分のカルマは変えられないので、ご縁(出会い)を変える方が手っ取り早いからである。そうすれば新たな展望が開けてくるし、そんなきっかけに、今回のコロナ自粛も一役も二役も買っていると思う。

そんなわけで、今日も朝から掃除して気分爽快になって、汗をかいたら風呂に入り腹が減ったら飯を食って、疲れたら寝ようと思う。

しかしながら、庭の石ころ処理は大変で、大きなものは拾ったが、まだ耕運機をかけるには程遠い。いずれは土を入れ替えるにしても、やり出した限り、自分なりにきちんと整地したい。頑張ろうと思う。

それにしてもワクチンは怖い。よく状況を判断して打つべきではないだろうか。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

闇は深い。その水先案内人であるグローバルエリートたちの罪は重い。改めて生きる意味を問いたい。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

若さは宝である。すべてに感謝したい。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

ぼやき

1985年8月の日航123便機墜落事故、2001年9月のアメリカ同時多発テロ、2011年3月の東北大震災における福島第一原発事故など、何故か仕組まれた災害といったリーク情報が飛び交う中、度重なる中東地域の紛争やヨーロッパ諸国への移民の流入、英国のブレグジットや米中経済紛争、新型コロナウィルス感染拡大に時を同じくしての不正があからさまとなるアメリカ大統領選やマスコミや大手IT企業による偏向報道や情報操作など、日々猫の目のように移り変わる国際情勢を踏まえると、もはや今までの常識や世界観や価値観、伝統や文化、風俗習慣や哲学や宗教観における信念体系も一挙に吹っ飛んでしまい、これまでの生活は一体何だったのだろうと思う。今後、世界はどのような形に崩壊し収束していくのか気になるが、いずれにせよ、しかるべき方向に様々な情報によって導かれ、洗脳されていく運命にある事は確かである。

社会の多くの制度やシステムがグローバル化され、一国ではどうにもならない状況下に、今やカトリックの総本山バチカンも中国共産党の合意なくしては中国国内の司教の選任もできない状況にある。さらに、バチカンの高位聖職者の児童性的虐待容疑での逮捕劇がリークされ、情報の真偽を問わず、世界は惨憺たる状況にある事は確かである。

まあ、社会の不平等や不公平、不平不満を言うからには、過去はともかく、今日的な社会生活を曲がりなりにも真面にしていることが前提であるが、そんな人に限って、決まりや法律を軽んじ、でたらめな生活をしている人が多く、その種の人の言葉には、もっともらしくも共産グローバリストの雰囲気が漂う。実生活はデタラメ、まともに生業に就かず、理屈ばかりで、家の中はゴミ屋敷といった類いの人もおり、呆れ果てる。

さらに、中には、神仏を頼りに利益誘導する輩も存在し、正に「人を見たら泥棒と思え…」は金言である。人の善意や弱みにつけ込む輩には、注意を要するに越した事はない。

いずれにせよ、コロナによって生活環境が一変し、度重なる事件や事故、さまざまな出来事を通して、これまでの信念体系がいっきょに崩れ去ったことは確かで、文化や芸術に対する感覚や観念といったものも、新しい生活環境の中で、新たな形の文化芸術が生まれてくることから、以前のような感覚や感性で既存の文化芸術をとらえられなくなったことは確かである。

さらに、ここまで伝統や文化や権威や社会システムが破壊されると、様々な情報や印象操作によって扇動され洗脳され続ける私たちの意識や価値観や世界観を踏まえれば、己の信念も疑わしく拘る意味も薄れる。

もはや、真実を映し出す鏡もなく、己の潜在意識や感覚や感性を信じるしかない。

そんな訳で、今日は薄曇りだったが、コロナは日本の発酵食文化が苦手と言うので、冬の野菜、白菜を天日干しした。明日もう1日日に干して、白菜漬けするつもりだが、それもワクチンに代わる昭和の食文化を頼りに生きる貧乏人の処世術である。

まあ、世の中、全てバランス、妥協の産物が生きる術である。「五分を持って最善とすべし…」は正に金言である。肝に銘じて、今後の出来事に対処していきたいと思う。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

世界情勢

日本の報道と世界情勢はずいぶん違うようである。今後の推移に期待したいと思う。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

想い

情報の真偽にかかわらず、公的な機関が発する情報によって民衆が扇動されてしまうことはご案内のとおりで、今回のコロナが良い事例である。

コロナがマスクや自粛で防げるのか、私的には疑問に思うが、さりとて侮って命を落とすのもばかばかしい。いずれにしても、自粛が長引けば経済が回らなくなり国民経済が疲弊するばかりで、いずれは国民総破綻してしまう。

そもそも、私たちは人と集い、食べたり飲んだり、歌ったり踊ったりお喋りしたり、スポーツをしたり芸術を楽しんだりするのが生活であって、不要不急、無駄やゆとりに意味があって、極論すれば仕事も遊びである。

そんな生活を自粛してしまったら暗くなるのが当たり前で、この1年全く損をした思いがする。

しかし、現実の問題として、コロナなんか大したことないと思っていても、重症化したり後遺症が残ったりする事例もあり、また、もし感染したら周りに迷惑がかかると思うと、無責任な行動は差し控えるしかない。

しかし、その情報は何らかの意図を持って操作されたものだとしたら、本当に大笑いで、まさに私たちは象形文字「民」の意の如く、目を潰された民衆である。

まあ、今回のコロナばかりでなく、アメリカの大統領選などを見ても、マスコミやSNSの動向、錯綜する情報などからして、デマやフェイクが飛び交い、何が真実なのかフェイクなのか分からない。

言える事は、何らかの利権と利権が衝突して、つばぜり合いをやっているわけで、その情報操作によって一喜一憂、右往左往しているのが私たち民衆である。

そもそも、この混乱期に日経の株価が600円も上がること自体異常である。基本的に、私たちは彼方の出来事など知る由もなく、知る必要もない。人道的な支援はしかるべき公的機関が担っているわけで、もし必要があるなら仕事としてプライドをかけてエキスパートである彼らが責任を持って情報発信し、同意形成を得て社会の流れを作っていくべきであるが、最早彼ら自体が利権に毒されている。

要するに、今の情報は全てフェイクと考えたほうが無難である。現実や実態を直視して、私的には己の感覚を信じて現実的な対応をしたほうがいいとように思う。

そんな中、今年は成人式を取りやめる自治体が多く、コロナも長引けば大学入試試験などにも影響が及ぶから、全く2021年は初っ端から受難の年である。

こんな年の繰り返しに、意味なき人生、されど人生と思いきや、周りを見渡せば、生活に必要なものは全て揃っている。幸せである。感謝しかない。情報操作されたフェイクニュースなどに暗くなることはない。

朝の光に元気をもらい、外に飛び出せば靴が鳴る。今日も新たな出会いを信じて頑張ろうと思う次第である。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

支配

結局、金融とマスコミを手中に収めたものが勝利し、利権と権力を握ることになる。世界はコロナで接触を避けデジタルデバイスを使われざるを得ないから、必然的に合法的に個人情報が吸い上げられていくわけで、グローバリストが目指す世界統一国家の樹立は間近い。

簡単に言えば、デジタル技術の世界では、共産主義もグローバリズムも同じように機能するわけで、民主主義は建前とともに崩壊し形骸化する。

まあ、次から次へと機械に仕事を奪われていく現実に、単純労務以上に管理的な業務がなくなっていくものと思う。コンピューターによる人間の峻別、富の配分が、多くの手続きがスマホやPCを通して行われていることから、急速に進むものと思う。

嘘も方便、嘘も3回言えば本当になる、そんな世相がまかり通る社会や時代において、さらに、民族や人種を超える伝統や文化を受け入れざるを得なくなると、それは必然的にジェンダーフリー「今だけ、金だけ、自分だけ」と言うことになる訳で、利権に群がり生きていけるなら、幸せを実感できるかどうかは別として、それに越したこしたことはない。

そんなことで、アメリカ大統領選もとんだ茶番劇、トランプさんもそれなりの利権を背負いよく健闘したものと思う。

これからは、さしずめコロナ関連業種が潤う訳で、ワクチンを始めマスクや消毒液、リモートワークやデリバリーや配送など、コロナ対策関連業種が伸びると思う。

いずれにせよ、社会は利権と権力の寄り集まり、負け犬にならぬことが生き延びる秘訣である。つまり、すべての価値を裁定するマネーや金融システムの本質を学び知ることが、今後の重要課題になる。そんなことから、諸外国のように、日本も情操教育と合わせて投資教育をグローバルな視点から進めるべきだと思う次第である。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

カテゴリー: 未分類 | コメントする