波動を感じて

宇宙の根源は波動であり、波動によって素粒子が呼び寄せられたり分離されたりして、万物が形成されるらしい。だから、私達の本質は音や光や電磁波などと同じ波動だと言う。

つまり、私達は、波動を通して、様々な情報を交換して生命を維持している訳で、物理的な振動から音や光や放射線まで、波動の形は多種多岐に亘る。

そんなことから、私達が本当に欲しているのは、食べ物で言えば、食べ物そのものではなく、食べ物が持つ色や匂いや味や食感などを通して受けとる波動である。なぜなら、それを証拠に、私達は取り込んだエントロピーを汗や排泄物と言う形で放出して恒常性を維持しているからである。

また、汗や排泄物だけでなく、私達は様々な言葉や行為によって、様々な情報を波動として発信して、周囲とバランスをとりながら恒常性を維持しているものと思われる。

ゆえに、言葉ほど大切なものはない訳で、ものも言いようで角がたったり、和んだり人を力づけたり元気づけたりして、言葉は神であると言われる所以がここにある。

そんなことから、 最も身近な夫婦のやり取りに目を転じると「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とか言い、元は良くて一緒になった二人が、本質的に持つ波動のズレから骨肉のバドルに発展することがある。

それで、なぜ波動にズレが生じるかと言えば、それは夫婦に限らず、私達の思考に問題があるからで、生まれながらにして持つ神聖な波動(仏性)を忘れて、世俗の欲得に翻弄された思念から波動が歪められてしまうからである。つまり、平たく言えば、世俗に染まってしまうからである。

まあ、人類ばかりでなく、元を正せば、この世の生き物は種を超えて、犬猫に始まりみな兄弟なのだから、言葉や所作や泣き声や行動をよく観察して心で受け止めれば、その波動を読み解くことができる訳で、その意味からすると、誤った美意識や価値観ほど有害なものはない。

そんなことから、ここで改めて、私達の言葉や言語に目を転じると、世界には様々な言語が存在するが、どうも言葉の持つ波動からして、日本語以外の言語は不完全であり、縄文以前今から1億2000万年前に日本に存在した古代文明で使われていた古代文字「カタカムナ ウタイ」にヒントが隠されているようである。

それは、この文字が持つ波動が、私達が持つ波動と同調して、物質として存在する四次元空間と平行して存在するもう一つの世界Parallel World の扉が開き、日々新陳代謝を繰り返す私達の細胞の形成に深く関与する遺伝子そのものの形成に、異次元空間の波動が深く関与するようになると目されるからである。

さらに、立体文字であるカタカムナ文字は日本語の50音の元になっているばかりか、古事記の神々が持つ波動にも同調するらしく、現実に現代医療で治らない難病の治療に応用している臨床医もいる。

まあ、ここまでくると、何か話が怪しく胡散臭くなるが、何せ見えぬ世界の話だから仕方ない。でも、考えてみれば、量子物理学の世界も、現実の世界からすれば仮想現実化した話であり、その辺は如何ともし難いものがある。

しかし、それにしても、日本語の起源が波動レベルで物質の形成に深く関与する数式を表していると言う説には、興味がそそがれる。

なぜなら、なぜ薬が病気に効くのかと問われれば、様々な病理検査や臨床実験により実証されているだけの話で、合理的な理由や根拠は何もないからで、その点は漢方薬も同じである。

また、何を信じるか信じないかは人それぞれだが、言葉や音楽や華麗なパフォーマンスから喚び起こされる精神作用には普遍的なものがあり、音や光や電磁波などの波動情報は、私達の生体にとって「切っても切れぬ関係」にあることは確かである。

そんなことから、今の私は終の棲家に転がり「Le it go ありのままでいられる今の自分」に勝るものはない。

身近な波動に身を任せ、全てに感謝して、今日も新たな出会いを信じて頑張ろうと思う次第である。

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終の棲家

パンの糧とは言え、随分寄り道をしてしまった。相変わらず貧しいが、でも、全てに感謝したいと思う。

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月曜日

今日は関西で地震があって不吉な予感がするが、ひとたび災害やテロが起こると、お金や社会インフラに依存した生活をしていると、物質面だけでなく、かなり精神的なダメージを負うものと思う。

その一方、田舎や郊外で畑仕事でもして暮らしていると、当面の食糧は困らないから、それ程深刻な精神状態にはならないと思われる。

まあ、さしずめ「 生き物に餌あり」と言ったところだが、都会ではそうはいかない。なぜなら、生活の大半はお金と社会インフラに頼っているからで、極めて深刻な事態に陥り、暴動や強盗や殺人が起こることもあり得る。

まあ、「 窮鼠猫を噛む」と言うが、窮すれば何をするのか分からないのが人間である。それ程、人間の理性は当てにならないもので、良い意味でも悪い意味でも、非常時には本能に生きる意味を思い知らされると思う。

ところで、 先日ネットの記事に、基本的に男性は女性が好きだが、 女性は買い物やグルメやおしゃべりが好きで、それほど男性は好きではないと書かれていた。つまり、女性は面白おかしく暮らせれば、 男などいらないのである。 そんな話を妻にしたら、何やら意味深な笑いでごまかされた。

つまり、女性にとって、結婚はお金とセックスを同時に手に入れる手段であり、子作りと子育てを成し遂げるための一手段に過ぎないのである。まあ、妙に納得できるから面白い。

まあ、言い換えれば、世の中の女性は誰もが皆、意識するしないに拘らず、自分が宇宙の中心であり「自他共に認めるGaiaである」ことに間違いはなさそうである。

つまり、女性は、母性として子孫を残す一連の行為に「確固たる計算と意味」を見出している訳で、その一方、男性は極めて不合理な性衝動や取って付けたような戒律やモラルに翻弄されながら、自己矛盾と誤魔化しや偽善に生きている訳で、時の権力や権威に縋り、生きる意味や己の存在を証して生きる惨めな存在なのである。

自分を突き動かすものが何んなのかも分からず、いや薄々気づきながらも己を誤魔化し、善悪の狭間を往き来し一生を終える愚かさは如何ともし難い。

そして、さらに、男性は女王蜂の色香に誘われ下僕となった働きバチのようなもので、花の雄しべと相談して花粉付けの仕事を請負い、花の蜜を持ち帰る憐れな尖兵に過ぎないのである。

そんな風に考えると、男性は世間体や社会制度などはそれとして、徹底して稼ぎお金を儲けて好きな女性と逢瀬を繰り返し、子孫をたくさん残すのが「男の本分、男の甲斐性、男たる本領」なのかもしれない。

まあ「英雄色を好む」とか言われ、 ジンギスカンは行く先々で女性を手篭にして、その子孫は幾人いるか分からないくらいユーラシア大陸に散らばっているらしいが、今となればそんな犯罪行為も別な意味合いを持つから面白い。

そんなことから、性格の不一致や不倫騒動で離婚に至るカップルが多い今日、男と女の本質を知れば、如何に下らない幻想を夢見て、私達は暮らしているかが分かる。

まあ、結論を言えば、人は何処までいっても一人、分かり合えない存在なのである。

そんなことから、人生は、世阿弥ではないが「秘すれば花なり」で、お互いに騙し騙されていればいいのである。飲み屋のママではないが、楽しく騙し合えばハッピーなのである。もっとも、保険金目当に殺人を繰り返した筧千佐子容疑者の被害者になっては元も子もないが…

そんな訳で、人生は突き詰めてみれば儚く侘しいものである。まあ、突き詰めていいこともあるが、一般的に突き詰めてみても、時と共に色褪せ何の意味もなくなってしまう。だから、本音や本心や真実を突き詰め、人の気持ちを損ねるようなことはしない方がいいと思う。

まあ、世間に転がれば、本音ばかりや建前ばかりでは通らないことは、ご案内の通りで、それ故に、人生は「秘すれば花なり」でいくしかないように思うが、その辺は偽善とか矛盾とか不誠実とか言った言葉で一括りにしないで、 映画やドラマのワンシーンに設える「ゆとりや遊び心」があってもいいように思う。要するに、人生は全て夢芝居なのである。

そんな訳で、 誠実すぎても偽善ぽく、 本音や本心を曝け出しても美しくない。そんなところが、人生の機微であり、お互いに察し合い、知性やジョークに遊ぶくらいのゆとりがほしい。

そんな訳で、 東西の文化文明が衝突し、世界の根底が激しく揺らぐ今日、行き過ぎた グローバリズムに対抗する新たなナショナリズムが台頭して、何が起こるか分からない。 核開発や生物化学兵器の開発が、新たな切り札となる中、金融や貿易を巡る駆け引きは激化する一方、水面下では激しい情報戦やサイバー攻撃が繰り返されている。

そんな訳で、今日は梅雨時で月曜日、天気は全く冴えないが、いずれはオーシャンビューの夏が訪れ、湘南フラや浅草サンバが僕らの拍手喝さいを待っている。

そんな想いに元気をもらい、今週も、愛と正義と勇気を信じて、頑張ろうと思う次第である。

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病理


東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(5)が親から虐待を受け死亡した事件を受け、政府は児童相談所(児相)の体制強化などを盛り込んだ緊急対策を取りまとめるようだが、恐ろしい事件である。これが氷山の一角でないことを祈りたい。

確かに幼児は怪獣みたいなところがあって手に負えないことがあるが、 だからと言って、死に至らしめるほどの虐待をする親は異常である。とても普通の人間ではない。しかし、普通ではないことが頻繁に起こるから恐ろしい。

だから、この事件の関係者は責任逃れをせずに一丸となってあらゆる方向から前向きに原因を究明して、広く社会に公表してほしいと思う。そして、私達も二度とこのようなことが起きないように、当事者意識を持って、社会のモチベーションを高めていく必要があると思う。

まあ、こんな事件が起こること事態が、既に日本の家庭や地域社会が壊れている証拠だが、それにしても、Web の掲載記事を読むと可哀相で涙なくしては読めない。5歳にして普通の幼児ではとても書けないような文章を綴っている。さぞかし必死で字を憶えたのだろう。子供だてらに、親の承認を受けようとする必死の想いが伝わってくる。実に憐れである。可哀相過ぎる。

まあ、これを契機に、私達もイジメやハラスメントも含め、この手の社会の病理をなくす取り組みを、皆で当事者意識を持って考えるべきだと思う。

ところで、 話しは全く変わるが、小池百合子都知事の学歴詐称疑惑が浮上している。上に立つ者は嘘をついてはいけない。もし仮に本当なら公職選挙法に抵触するから、都知事を辞任すべきだと思う。

また、近々に、小池都知事の華麗なる男性遍歴や現在進行中の不倫スキャンダルが週刊誌に掲載されるらしいが、何か同じ恋愛でも一途な恋愛とは違う不純なものを感じる。

さらに、豊洲の移転問題もシアンが吹き出し危険とか言いながら、大手ゼネコン寄りに傾く強かさは流石である。こんな知事なら、舛添さんや猪瀬さんの方がまだマシである。

そんな訳で、 新幹線の殺人鬼も、また幼くして5歳で命を絶たれた結愛ちゃんも、共に社会から疎外された人達が織り成す惨めな事件である。その一方、権力欲と愛欲に取り憑かれた一連の政治家のスキャンダルには、日本の終焉を見る思いがする。

米朝会談も終わり、 朝鮮半島も統一に向け、また日本のお金が拉致問題と交換に使われそうであるが、 日本の国民経済がこれだけ疲弊しているのに、 私達の血税が朝鮮半島に投下される理由もないように思う。

確かに、拉致は人権に関わる問題だが、現実に拉致被害者は現地でそれなりに日本の庶民以上の生活をしている訳で、投獄されている訳ではない。仮に、拉致被害者を盾にお金を要求してくるようなら、今の日本の立ち位置からすると、それは戦争するか、 拉致被害者に人柱になってもらうしかない。

そんな訳で、 現実は甘くない。世間は利権を巡り「きつねとたぬきの騙し合い」である。然れど、そんな騙し合いを横目で見て通る粋な政治家も一人や二人いてもいい。

とにかく、 暗いニュースはスルーして、今後に期待したいと思う。

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金曜日

音楽があれば、雨なんかへっちゃらだ。

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希望

僕たちには夢がある。だから負けない。

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むしゃくしゃ

今月の9日、東海道新幹線の車内で男が乗客を襲い男女3人が死傷した事件で、 逮捕された愛知県岡崎市の無職 小島一郎容疑者 (22)は、「むしゃくしゃしたから」「誰でもよかった」などと話しているようだが、こんな幼稚で短絡的な動機で襲われては堪ったものではない。しかも「刃物は長野県内で数週間以上前に買った」と供述していることから、衝動ではなく計画的な犯行であったことが伺える。

まあ、日頃の不平や不満を無差別殺人という形で解消した訳だが、女性をかばい殺された兵庫県尼崎市の会社員の梅田耕太郎さん(38)は、勇気と正義感から太刀向かったものの運悪く一命を落としてしまい気の毒である。謹んでご冥福をお祈りしたい。

その一方、小島容疑者の様子を伺う限り、ふてぶてしく反省の色もなく謝罪の言葉もないようで、改心するのはいつのことやら、今日的な社会問題として、しっかり事件の真相を解明していく必要があると思う。

一方、Jr東海は 車内パトロールの強化などの防止対策を進めているようだが、まあ誰でもやろうと思えばやれるから、 厳格な手荷物検査などをしない限り、実効性は薄いように思う。

まあ、行き場のない怒りを無差別にぶつけてしまうこの種の犯行は、何をやっても社会に受け入れられない目的を見失った若者の感情が爆発したものと思われるが、 生き残りをかけ競い合い、不安や閉塞感が漂う今日の社会では、誰しもが持つネガティブな感情であり、趣味やプライベートな交わりに自分の居場所を求め、自己承認欲求を満たさない限り解消することは難しいように思う。

まあ、 人生の悩みの大半は人間関係にあると言うから、 仕事や社会的にダメであっても、 プライベートやOFFの関係に自分の居場所があれば、まあ一様に何とかやっていけると思う。

しかし、これもないとなると、何とか自分の存在を確かめようと、様々な手段に打って出る訳で、 今回の事件のように、人間の裏や闇の部分が突出してしまう訳で、幼稚とか未熟と言った言葉では片付けられないものがある。

まあ、 一言で言えば、自己表現能力の欠如だと思われるが、 良好で健全な絆を築くには、IQ(知能指数)ばかり高くてもダメで、EQ(こころの知能指数)が重要なのは、ご案内の通りだが、これこそプライベートの関係や遊びでしか培えないものだと思う。

そして、さらに、最近はCQ(Creativity Quotient 創造力指数)なる概念も指数化されているが、私的には偏差値も含めこのような指数が、却って差別や偏見や分離や分断を作り出しているような気がする。

そんな訳で、今やトランプさんや安倍さんも Twitter や Facebook をやって、民意を何とか繋げ留めたいとする時代である。誰もが誰かとつながっていたい、認められたいと思うのは当たり前だと思う。

しかし、所詮人はどこまで行っても一人である。愛があれば全てに分かり合えるものでもない。愛とは寧ろ異質なものを受け入れる寛容の心や許しや妥協や諦めに近い言葉でなのである。

さらに言えば、愛は感じるもの、信じるものでしかないように思う。そんなことから、私的には心の奥底に潜む霊性や仏性を信じて、多くの人と分け隔てなく浅く幅広く交わって、 捏造された社会の不安や閉塞感をぶち破って行けばいいと思うが、それにしても、殺人までして生きる意味を見出そうとする若者の蛮行には、改めて高度に発達した文明社会にあって、生きる意味を見出す難しさを痛感する。

そんな想いに、私的には今あることに感謝し、これからも新たな出会いを信じて、がんばろうと思う次第である。

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夕陽

日中の暑さが嘘のようだ。 時間が止まったみたいで、こんな景色以前に何処かで見たような気がする。

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バイバイ

Goodbye Happiness. 気持ちを切り替えて一人を楽しもう。

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波動2

来世があるかどうか分からないが、あると信じている人達によると、 地上では嘘も騙しも罷り通るが、あの世では 一切ごまかしがきかないらしい。

つまり、あの世に行くと、普段私達が思ったり考えたりしているとおりの自分に生まれ変わるらしく、不平や不満、愚痴や泣き言ばかり言っていると、そんな自分に生まれ変わり、また、暗く沈んだことばかり考えていたり、恨みや妬みや嫉みの気持ちから抜け出せなかったり、人を殺めたり貶めたりしていると、そんな連中が寄り集まるところに生まれ変わるらしい。

だから、気持ちが塞ぎ、心が重くなるような悪事や悲観的なことは避け、心が軽くなる嬉しいことや楽しいことを思ったり考えたりして生きていた方がいいようである。また、「地獄の沙汰も金次第」は、この世のことで、あの世ではお金も権力も通用しないと言うから、駆け引き上手もお手上げで、嘘偽りなく正直であることが絶対条件らしい。

しかし、そこは世間に転がればそうはいかない訳で、嘘も方便はこの世の常である。しかし、私的には、死んでからも世俗の駆け引きはしたくないので、その時々に応じて、自分が良かれと思う方向へ舵を切ればいいと思うが、これが簡単のようでなかやか難しい。

何せ、誰もが生まれながらにして持つ仏性は、心の奥底に隠れている訳で、知らず知らずに身につけた欲望や邪悪な考えやネガティブな感情は、それこそ鍋底の油のように全身にへばりついている訳で、そんな想いに、神仏とは真逆な悪魔やサタンの言いなりになってしまうことが当たり前だからである。

まあ、良からぬことが頭に浮かんだら、直ちに念仏や箴言を唱えて、不浄な想いを振り払うことも一理だが、そこは何でもいいから天空の想いに立ち帰ることが一番で、それには邪悪な波動を持つ連中には近づかないことである。

まあ、量子論の立場に立てば、この世は光や音や電磁波のような波動による情報の伝達で形作られていると言うから
「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。言葉は神と共にあった。万物は言葉によって成り、言葉によらず成ったものはひとつもなかった。言葉の内に命があり、命は人を照らす光であった。その光は闇の中で輝き、闇が光に打ち勝つことはなかった」
(『新約聖書』「ヨハネの福音書)より)

とある「ヨハネの言葉」には、信憑性がある。また、日ごろからよく「言霊」と言われるように、スポーツでも応援があるのとないのとでは月とスッポンだからして、言葉には何らかの力があることは確かである。

まあ、言葉一つで仲良くなったり気持ちも和らいだりする訳で、私的には言葉そのものより、言葉が持つ波動に霊力があるような気がする。

また、私達の身体をみても、頭の天辺から足のつま先まで、すべての細胞がお互いに情報を交換し合い、恒常性を保っている訳で、私達の細胞は物理空間にあるとは言え、量子レベルで波動を頼りに情報空間に生きていると言えないこともない。

さらに、一説には、肌は色彩を感知し光の波動を読み解くらしく、肌をみずみずしく保つにはホルモン分泌を促すピンク系の色が最強らしく、その一方、黒やブルー系など暗い色はホルモンの分泌を減らし肌の水分が失われシワくちゃになると言うが、まあ、シワくちゃになりたければ暗い色のパンツを穿き、そうでなければ、ピンクのパンツを穿き、適当にお尻に刺激を与えて、時々ハッスルするのが、どうも健康で若くいられる秘訣のようである。

まあ、何はともあれ、身も心も軽く心地よくいるには、なるべく本来の波動に合わせて生きるに越したことはないようである。

つまり、あの世や見えぬ潜在意識への架け橋は波動であり、そんな視点に立てば、日夜3000億とも言われる体内細胞の入れ替えも、量子レベルで、波動が深く関与し、遺伝子の組み換えが行われているものと考えられる。

そんな想いに、今年の夏は時間にゆとりがあるので、世俗を廃して涼しき林野に安処して、本来の自分を取り戻そうと思うが、夏は夏でこれまた楽しい。とても家の中にシケ込んではいられない。

時には世俗の波動も浴び、残された日々を楽しく過ごそうと思う次第である。

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