破綻


難しいことは考えたくない。やはり、人生は軽薄短絡に生きるしかない。金融危機を目前に、日本に幸あれ!

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舟出

新天皇の即位の礼を機に、人心が一新し、新生日本が始まる。すべてに感謝して、新たな出会いに、愛と正義と勇気を信じて頑張ろうと思う。

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理性

人間の理性ほど当てにならないものはない。かと言って、本能ほど怖いものはない訳で、社会秩序や世界平和を維持するには、両者を巧みにバランスよく使っていく必要がある。

そんなところは、何処か男女の仲にも通じるところがあって、皮肉にも本能が花開くところに私達の未来がある。

そんなことから、やはり恋愛は人生を生き抜く必要最低限の試練ではないかと思う次第である。

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不安

アベノミクスの失敗は、日銀による異次元の金融緩和が、金融マフィアのマネーゲームに終わってしまったことで、新たな事業の立ち上げや内需の拡大につながらなかった責任は重い。

まあ、この結末はリーマンショックの時のように、ハゲタカファンドの不良債権処理に終わってしまう訳だが、人口減少が進む中、これほど物が溢れ、何に不自由のない生活を享受しているのに、さらに内需の拡大を図って景気浮揚を試みる必要性もなく、私的にはもっと身の丈に合う「国民経済の実現」に取り組んだ方が良かったように思う。

なぜなら、私達の生活にいま必要なのは、更なる利便性や付加価値や生産性の向上などではなく「ゆとりや時間、安全や安心、癒しや安らぎ」だからで、今日の人間性を無視した社会システムにこそ、諸悪の根源があるように思えてならない。まあ、そんな視点に立てば、贅を極める生活に慣れきった日本のエリート層は、お隣り韓国のタマネギおじさんらと何ら変わらない。五十歩百歩である。

しかし、それにしても、韓国の大統領は弁護士、タマネギおじさんは大学で法律を教える法律家である。それが、韓国社会を牛耳っている訳だから、韓国の民主主義は当てにならない。

まあ、「恥と誉れ」に生きる日本民族と「お金やステータス、見栄や外聞、妬みや怨み」に生きる韓民族の文化の違いをつくづく思い知るが、地政学上そんな風にしか生きられない韓国民は、本当に可哀想な民族だと思う。

しかしながら、だからと言って、欧米諸国が日本にとってベストフレンドか言えば、イエズス会や坂本龍馬を手先にフリーメースンのトーマス・グラバーの日本侵略や一般市民を標的にした原爆投下を考えれば一概にイエスとは言い難い。

また、遠く明治以前の時代に遡れば、日本は欧米より韓国や中国とのつながりの方が強い訳で、私達の意識も近代においてかなり欧米寄りに、その種の勢力によって捏造されたものであることは、容易に想像がつく。

まあ、簡単に言えば、日本は欧米や中国や韓国などの様々な文化や文明の良いところを選んで、独自の文化を形成してきただけの話で、意地を張らず現実を踏まえ、調和と工夫と進化に生きる先人の知恵が、今日の日本の繁栄を創り上げたものと思われる。

そんな調和と工夫と進化に生きる世界観は、神社と寺院が同一敷地に存在する神仏習合に如実に表れているが、そんなことから、我が家でも神棚の右手に仏壇が鎮座しており、毎朝お参りしている次第である。

まあ、私的には聖書も仏典も座右の書であり、互いに神様同士が争うことなく収められる汎神論的な世界観は、日本民族の大自然の営みを真摯に受け止める先人の知恵の賜物であり、そこいらの「足るを知らぬ欲深い人間」が創り上げたエセ宗教や社会システムに優るものがある。

そんな想いに、この秋は心して味覚の秋を楽しみながら、天空に想いをつなぎ、大自然の営みから愛と正義と勇気をいただいて、頑張っていこうと思う次第である。

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不安

ふるさと納税について、2018年度の実績が総務省から公表されたが、それによると、受入れた寄付額と事業経費、それに翌年度の住民税の控除額を各自治体ごとに集計したところ、604団体(34%)が実質的な赤字決算となり、住民控除額の75%が補填される地方交付税交付団体を除いても、全体の21%に当たる373団体が返礼品競争の過熱から、自治体の独自財源で穴埋めする赤字決算となった模様である。

そもそも、赤字覚悟でこの事業をするバカはいないが、赤字となれば、現実にその自治体に住む住民に何のメリットもない。強いて言えば、地元産品による一種の地域経済対策と言えないこともないが、その後の販路の確保につながり、地域住民の福祉向上になり得るものか疑問が残る。

しかし、そうとでもして疲弊する地方経済を活性化しないと、一極集中の煽りを受け閑古鳥が鳴く現状を打開できないのが、地方都市ほ実態なのである。しかし、私的には地方の伝統や文化を結集して、そんなものに頼らず、地域独自の活性策を押し進め、大都市をせせら笑う成功を修める自治体が一つや二つあってもいいように思う。

まあ、時代は紆余曲折して、AIやIT技術の進歩により、さらなるグローバル化が進むのか、はたまた偏狭な国家主義や民族種族主義に逆戻りするのか分からないが、現時点では、地域経済がメタメタになって、雇用環境の悪化から子育て世帯が激減していることは確かである。

ところで、そもそも住民税の趣旨からして、お世話になった故郷にするならともかく、全く関係ない市町村に返礼品目当てでするのはどうかと思う。

さらに、最近はふるさと納税に限らず、ポイントやクーポン、おまけやプレミアムなど呼び名はともかく、手練手管でお客を呼び込む手法が多種多様化して、今では当たり前になっているが、そんなことをしても内需が思うほど拡大しないのは、やはり将来的に不安があるからだと思う。

まあ、この国は表向きは公助・共助などと優しいことを言っているが、東日本大震災や熊本や北海道の災害事例をみても、まあ余り期待できない。

先日、「すしざんまい」の木村清社長の手記を拝見したが、若くして事故で父親が他界し、貧乏のどん底の中にあって、生活保護を受けたらどうかと言う話に、社長さんの母親は「人様のお金で子供を育てられない。」と断ったそうだが、そんな気概が今の木村社長を創り上げたものと思う。

神仏に縋って課題や難題を解決しょうと日夜神に祈っている教会の伝道師もいれば、魂を天空に繋ぎながらも、現実を直視して与えられた仕事にただひたすら邁進している人もいる。さらに、課題や難題を人のせいにして、人に難癖をつけ人から金品をせびる韓国のような人もいる訳で、人間社会は一筋縄にはいかない。

しかし、考えてみれば、不安のない安楽な仕事や生活などある訳がなく、そんな人生の憂いや悲しみを皆んなで分かち合っていくのが人生の課題であり目標である。

まあ、人の弱みにつけ込み、人を騙したり利益誘導する人も数多くいるが、いずれにしても「類は友を呼ぶ」ことは確かなので、如何なる環境にあっても、お天道様に恥じない真っ当な生き方をしていれば、自然と周りも同じような人が集まってくるものと思う。

そんな想いに、今日もお天道様の光を浴び、愛と正義と勇気を信じて頑張ろうと思う次第である。

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祈り

「蓼食う虫も好き好き」と言う言葉があるが、趣味や道楽は人それぞれ、さらに凝れば凝るほど、その魅力に取り憑かれるもので、リタイヤして早4年、最近は完全に昔の殻から脱皮したような気がする。

まあ、時代は生涯現役が持ち囃され、私の年齢になってもバリバリ仕事をしている人も多いと思うが、私はパンの糧に仕事をしてしまったので、もう仕事をするつもりはない。

しかし、今は自分の趣味を通していろんな方々と交わりがあり、やはり、時間と愛はお金では代えられないことを深く悟った。

フルタイムで時間が使え、誰に遠慮も気兼ねも遠慮もいらない。人の顔色を伺ったりお世辞を言う必要もないし、嫌なことはまずしない。実に爽快快適そのものである。

ところで、そんな生活をして気づいたことだが、如何に私達は世間の目や常識を気にして生きているかである。川を渡るに重宝した小船を便利だからと言って、生涯背負って旅を続ける戯け者を見たら、誰もが笑うだろうが、そんな戯け者が私だったのである。

まあ、仕事はお金をいただく限り、お金と引き換えにいろんなものを犠牲にする訳だが、その最たるものは時間と愛である。

共に分かる形で表せないものだが、心震わせる想いをひと時でも持てる幸せは何ものにも替え難い。聞き流せばそれだけのことだが、和音や旋律に秘められたテーマは、時空を超えて、私達に語り掛けてくる。そんなプレシャスな時を体現できる自分は、本当に幸せだと思う。

ところで、そんな視点に立てば、すべての価値の源泉を労働にあるとするマルクス的な発想は、一見すると富の分配からして正しく公平や平等に思えるが、時空を超えたその場の調和やハーモニーを欠くようなところがあって、差別や偏見、分断や分離につながるイデオロギーでもある。

仮にでたらめなものになっても、気持ちさえ確かなものであれば、作法や形式や決まりなどどうでもいい訳で、下手なイデオロギーや宗教観こそ、諸悪の根元である。

事例を上げれば、偶像崇拝を忌むものとするキリスト教徒は仏式の葬儀を遠慮したり、お焼香をしない人が多いが、そんなしきたりや教理経典に囚われ、自分だけ救われたいと思う心が寂しい。私的にはもっと素直になればいいと思う。キリスト教はそんなちっぽけな寂しい宗教ではないはずだし、聖書の記述には確かに未来がある。

まあ、キリスト教に限らず、祈りや想いは万物との霊的な交わりでもあり、魂の呼吸である。そんな想いに、時空をいとも簡単に超えられる日々日常に、改めて感謝したいと思う次第である。

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哀れ

日本とは? 日本文化とは? 一体私達の祖先はどうあったのだろうか? 強かな中韓や極悪の欧米ハゲタカ諸国に囲まれ、中学生レベルの精神構造と対応で、模倣と順応を繰り返す今の私達は、このままで良いのだろうか?

巧妙な各国の首脳の策略や口車に乗せられ安易に規制緩和や撤廃に応じて、国民経済を蔑ろにして世界のリーダーぶる日本のリーダーたちは、身の丈を知るべきではないのだろうか? もっと謙虚になり、実体経済を大切にし心から弱者を大切にして、次世代に生命を引き継いでいくべきではないだろうか。

農薬や添加物塗れの食品や副作用が懸念される医療行為が罷り通る今の日本は、ある意味、モラルなきリーダーによって民族殲滅の危機に直面する「巨大な人体実験場」と化している。まさに敗戦により、中韓や米国の工作員らに操られる今の日本は、哀れとしか言いようがない。

そんな想いに、改めて今一度日本の源流に学び、大自然の営みを謙虚に受け止め、身の丈に合う質素な生活を、私なりに実践していこうと思う。すべての権威が地に堕ち、己のアイデンティティも失い、残るは大自然の営みが頼りの綱である。愛と勇気と正義を信じて頑張ろうと思う次第である。

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終わり

時代が終わる。すべてに感謝したい。

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痛み

私達の社会はもうとっくに壊れている。屈折した愛にしか生きられない私達だが、幸せである。すべてに感謝したいと思う。

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想い

出会いは一瞬、過ぎ去ればすべてに意味を失う。だから、悪戯に過去や未来を追わないで、すべてが益と為すように、その場を楽しむが利口である。

まあ、人生は一期一会、川の流れのように暮らすが一番だが、食べて通るにはそんな悠長なことは言っていられない。しかし、そんな中にも自分の気持ちに正直に生きていないと、意識が自分から離れ、出会いの意味も分からないままに、人生が終わってしまう。

まあ、娑婆に暮らす限り、それなりの処世術や金銭感覚も必要だが、それでもやはり損得抜きの処もないと後世に残るものは残せない。まあ、至近な例を上げれば、見栄を張り平気で嘘をつき、ゴールポストを勝手に動かし、不正行為や様々なロンダリングを繰り返す韓国では、未だにノーベル受賞者がいないことからも伺い知れる。

まあ、男も女も整形しまくり自己否定やコンプレックスを原動力に、不正行為までして、娘や息子の前途を優位なものにするタマネギおじさんが、時の法相に居座る韓国である。虚栄や虚像や体裁に生きることが普通なのだろう。私的にはそんな嘘で固め人生など全く意味がない。

まあ、何事も適当にこなすとプライドが持てなくなるし、嘘に生きれば息苦しくなるのが世の常で、なんと言っても正直に生きるに越したことはない。身も心も軽く楽に生きられるからである。

そんな訳で、今日は朝から自分だけにシンプルライフを楽しんでいるが、私の音楽ライブラリーも遂にパンク状態で、いよいよハードディスクの増設買い替えの時期を迎えている。しかし、考えてみれば、後10年生きても、たったの87,600時間である。買い替えてもどうかと思うが、最近は孫たちとの写真も多いから、孫たちがしっかりしていれば、何とか引き継いでくれるのではないかと思う。

そんな想いに、先週の土曜日に妻たちのイベントで聞いた瀧蓮太郎やシューベルトの名曲は、残されたものは紙一枚の楽譜に過ぎない。つくづく撮り溜めた膨大な写真や動画と見比べてしまうが、やはり、何事も愚直に真剣に想いをコンデンスして昇華することが大切なことを痛感する。

人が想いに生きる意味や、永遠なる想いへの憧れを、改めて痛感する次第である。

想いは果てしなく尽きることがない。オスカーワイルドの短編「Selfish Giant」ではないが、三日三晩寝ずに語り合っても、多分私達の想いは語り尽くせないだろう。そんな想いを一編の詩や旋律に、絵や写真に残せたなら、人生冥利に尽きるのではないかと思う次第である。

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