危機感


知れば知るほど、中国の恐ろしさを痛感する。何事も相手をよく見て対処しないと馬鹿をみるくらいならいいが、殺されてしまう。

一説には、この機においても、尖閣諸島水域では中国の艦船が我国の排他的経済水域を行き来し既成事実を作ることに余念がないらしく、いつまでもお花畑感覚で、世界を眺めていては、単なるお人好しの馬鹿と侮られるだけで、得るものは何もない。

まあ、よって集って、世界中からカモにされ、海外にばら撒いたお金は何と60兆円にも達すると言われるが、武漢からのチャーター便に後に取り消されたとは言え、当初8万円の自己負担を求める政府や官僚の感覚は理解し難い。

要するに、国際社会に隷属して、おこぼれを頂戴して喜んでいるのが、今の日本の政治家であり官僚であり、経済界や金融界なのである。

そんな訳で、こんな荒廃した中で、改憲論争も何か虚しいものを感じるが、世界平和を理想とする憲法9条を貫き通すのか、近隣諸国の侵略に備えるべく改憲に踏み切るのか、真実を知らされていない現状からすると、結局は海外勢力に操られた政府のプロパガンダに乗ってしまうのではないかと思う。

そんな想いに、利得と保身に腐り切った政治家や経済人は別として、超エリートである日本のジャーナリズムや学者や宗教家は、そのプライドにかけても、人としての良識とその行動に期待したいと思う次第である。

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貧困

ひと頃、コラボレーション(collaboration)と言う言葉が頻繁に使われたが、異なる分野や部門を超えて、人や団体が協力して事業を企画し運営していく上で、結構都合のいい言葉で、ちょっと違うかなと思っても、コラボなどと説明されると、何となく納得してしまうところがある。

確かに分野や部門を越えてコラボすると、既存のジャンルの垣根が突破われるので、新しい発想から、今までにないものが生まれてくることは間違いないが、それも程度問題で、よくよく拝見すると、何か中途半端なものに仕上がっているものもある。

私は古い人間だから、多少高くついても「餅屋は餅屋、餅屋の専門性」を信じて、ことに対処しているが、最近は技術革新の急速な進展から規制緩和や撤廃が進み、多くの分野で専門性が失われ確たるテリトリーがなくなったのか、電力事業への異業種参入など、俗に言う専門性とかギミックを売りにする業種が少なくなってきたように思う。

まあ、世間全般が「何処を切っても金太郎あめ」になってしまい、卑近な例を上げれば、再開発された都心のグルメスポットなどは、最初は物珍しかったが、客引き用に洗練された店造りも次第に何処に行ってもみんな同じように見えてきて、今では全く興味が薄れ時には嫌気がさす。

そんな感覚は、ネットを通して多くの情報が行き交い、いろんなものが洗練され、こなれて、より良いものに仕上がっていく一方、良くも悪くも横並びに平準化されてしまい、粗削りなローカルな持ち味がなくなってしまうからではないかと思う。

また、私達の関係においても、極めてローカルなものであり、知り合えばお互いに掛け替えのない存在でありたいと願うし、ある意味、絶対的な信用と信頼に裏打ちされた関係性を心の奥底で願っている訳で、時にそれがしがらみとなりリスクになることも、ご案内の通りである。そんなことから、ホリエモンは「持ち家と結婚は人生最大のリスクである」と言っているが、それだけ家庭を持つことが、責任を伴い難しい舵取りが求められることを物語っているようにも思う。

しかし、割に合わないリスクとは言っても、家庭や家族に代わるものがあるかと言えば、微妙ではあるが、やはり家族や同胞を最優先に様々なリスクから身を守り助け合っていくというのが、現世や娑婆の掟ではないかと思う。

そんな視点に立てば、今回の遅きに失する政府の新型コロナウイルスへの対応はどうかと思うし、さらに感染拡大が危惧されるのに、災害用に備蓄してあるマスクや防御服を中国に送ってしまった東京都や兵庫県の判断も、都民や県民の税金で購入したものであることから、腑に落ちないものがある。

まあ、国や民族を超える人権とか人道上とか言われれば、それまでだが、いいことだからと言って、闇雲に良いことにはならない訳で、やはりそこにはそれなりの思慮深さや先見性が求められる。もし、日本でパンデミックになったらどうするのだろう。マスクや防護服を送るのはいいが、それならまず最初に自分の私財を投げ売って買い求めて然るべきではないかと思う。そんなお二人はグローバルリストとしての国際的な評価や名声が欲しいのか分からないが、すべてがお金や売名行為に結びつく世相を排しない限り、今の日本は本来の日本を取り戻せないのではないだろうか。

今や国民の一割が年収180万に満たない生活レベルにまで貧困化が進むと言われる日本の現実は実に嘆かわしいが、果たしてこれから株高やインバウンドで賄いきれるのだろうか。我々団塊の世代が知る貧乏はいいと思うが、今日のような格差のある貧困はいけない。「バカでも頑張らなくても生きられる」そんは幅のある社会でなくでは、私のような馬鹿な人間は行き場を失ってしまう。

つくづく政治の劣化、貧困化を憂う次第である。

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利権


こんな社会でいいのだろうか? 万策尽きた日本のリーダーやエリートらの実態が浮き彫りにされた形だが、何ともお寂しい話しである。己の利得と保身に奔り、弱肉強食、適者生存に生きるものは生きればいいが、こんな下世話な連中に足並みを揃えて進む気にはなれない。

いずれにせよ、新型コロナウイルスについては、ほとぼりが冷めるまで、様子見に徹することが肝要である。

それにしても、中国からの渡航者を優遇し自国民を切り捨てる政策には呆れ果てる。米中二大国の狭間に生きる小国と成り果てた日本には、もはや主権もなく隷属とおこぼれに喜ぶ単なる貧民に成り下がってしまったのだろうか。

邪悪な勢力に操られる民主主義の限界を、改めて痛感する次第である。

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価値観

今回の新型ウィルスの拡散で、一律に各国は人命救助を第一に対策を講じているものと思っていたら、騒動の張本人である中国共産党の首脳部は中国共産党の力を誇示することに全力を傾けているようで、開いた口が塞がらない。

日本では武漢市民の救済に向け、消毒薬やマスクなどの医療物資を送り、自分達は品不足の状況にあるのに、何か裏切られたような気がする。さらに、武漢から帰国した邦人の感染率が1.416%と、中国当局の武漢市の感染率0.039%に比べて39倍も高い。この食い違いに武漢市民は政府の発表を疑問に思い疑心暗鬼になっているらしいが、この期に及んでまで、なぜ嘘をつくのだろう? 人命が尊くないのだろうか? 本当に不思議な国である。しかし、これが極東アジアの現実だから仕方がない。

ところで、そんな物事の判断基準は、当然にして、その前提となる国や民族の価値観や世界観が違うから異なる訳で、民族の特性でもあるこの種のものは最近流行のグローバリズムを持ってしても変わるものではない。つまり、昔からの伝統や文化、教育などによって形作られた民族の価値観や世界観はよほどのことがない限り、変わらないし変えられないものだからである。

そんなことから、国家間の交渉には、対話と協調が必要なのであるが、いかなる時も対話には表と裏があるのが常識で、特に国同士の対話を実効性のあるものにするには、裏の顔を知る必要がある。イギリスにはMI6、アメリカにはCIAと、まるで映画の世界のような諜報活動が日夜繰り返されているのもよく分かる。つまり、お互いに裏の顔を知ることによって表の顔を演出できる訳で、今の日本ほど間の抜けた外交やっている国は珍しいのではないだろうか。

そんな中、今回のパンデミックを通して、中国の国民が共産党政権の本質に気づき、それなりに先進諸国の一員としての国際感覚を身につけてくれるといいが、一説には民族の特性は何があっても変わらないと言うから、中国のスマホ世代に過大な期待は寄せられない。

ところで、私は昨年の春先にHuawaiのパソコンを買ったが、流石にMacBookのパクリだけあって、極めて使い勝手が良くコストパフォーマンスに優れている。こんな優れた製品をこんな価格で作れる技術力は大したものだと思うし、その技術力を世界の文化文明の発展に寄与してくれたら、中国はもっと評価されると思うが、現実は、中国共産党の言いなりになって、サイバー攻撃の尖兵として働いているわけで、実に残念である。

また、今回の騒動で金融バブルに火がついて株価が大幅に下がると思ったが、妙に落ち着いているところが不気味である。一説に、今世界は100兆円規模を誇るGAFAなるIT企業集団によって牛耳られており、そんな企業の将来性を踏まえると更なる株高が期待されると言う人もいる。

5Gの導入に伴う自動運転技術やIoT社会を踏まえれば、確かにその通りだが、スマホで世界が瞬時につながるポテンシャルの高さは、予想だにできないものがある。果たして私達は5Gで幸せになれるのだろうか? 心配になる。

因みに、日本一の企業であるトヨタは時価総額25兆円規模の大企業で、何もモノを生産していないGAFAがトヨタの4倍の時価総額誇る現実に、時代の流れを感じるのは私だけではないと思う。

まあ、時代も変われば、拡大と崩壊を繰り返す金融資本システムも大恐慌に至る弾け方をしないのかも知れないし、実体経済をベースとしない信用を担保に世界経済が豊かにつながっている現実を踏まえると、実体経済とのバランスが大幅に崩れない限り、信用をベースに金融経済システムを構築し運営してきた理由も納得できる。

そんな訳で、今日は運動がてらに日頃手が届かないところまで拭き掃除をしてみたが、お陰で机周りがいつになくきれいなって気分がいい。しかし、これが一度何かを始めると、瞬く間に散らかってしまうから不思議である。さらに、最近は、無意識にいろんなことをしてしまい、1日一回は必ず何かを探し回ることになり、自分でも嫌になる。

そんなことから、置き忘れしまい忘れには注意しているが、今日は4年前の雇用保険の算定ミスの案内通知が来たので、忘れないうちに書類を作成して投函したが、死んでしまえばもらえない訳で、長生きはするものである。

とにかく、健康第一である。健康であれば、医療費の削減にも寄与でき、国も自分も無駄な出費を抑えることができる。

そんな訳で、これからも家族や人様に世話にならぬよう頑張ろうと思う次第である。

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報道に想う


新型コロナウイルスによる肺炎で、中国政府は5日、湖北省武漢市に2つ目の病院を新設し、ベッド数は2600床増え約1万床まで拡大したが、とても病床不足が改善されるまでには至っていない。YouTubeにアップされた市民の声を聞く限り、これがpandemicでなくて何んと言うのだろう。少しでも武漢の医療崩壊が解消されることを願いたい。

一方、日本では今のところ死者は出ていないが、7日現在45人(うち20人が検疫中のクルーズ船内で感染)が感染しており、6日現在、感染者が28,018人、死者563人の中国についで多い国となっている。

そんな中、マスクの使い回しは避けるようにとのことなので、近くのドラッグに買い置きを求めて伺ったが品切れで入荷は未定と言うことなので、スペアがなくなったら殺菌スプレーを使用して使うしかないのが心細い。

まあ、悪戯にパニクらないで正しく恐れるしかないが、ビクビクしながら街を歩いても楽しくない。また、感染拡大前に武漢で警鐘を鳴らしていた医師が亡くなったらしいが、そんなことからもとても侮れない。

ところで、今回の新型コロナウィルスは、これまでのエイズやエボラ出血熱、鳥インフルエンザやSARS等と同様に、生物兵器の疑いが持たれており、ウィルス学の権威であるアメリカのハーバード大学の教授チャールズ・リーバー教授が、1月28日に国外にウィルスを持ち出そうとしてボストン空港で逮捕されたことは記憶に新しい。リーバー教授は中国当局から多額の報酬をもらっていたようだが、ウィルスの研究の第一人者が生物兵器への転用に気づけなかったとは思えない。

また、Microsoft社の創業者ビル・ゲイツ氏は、これから世界は核兵器より生物兵器への脅威に晒されることを予見していたそうだが、そんな予見が見事に的中した訳である。

まあ、様々な病気や疾病に対しての調査研究は進めなくてはいけないが、核兵器に代わる生物兵器に応用するようなことをしては研究の意味も薄れる。

いずれにせよ、感染が拡大している訳で、下世話な話をすれば、このパンデミックで誰が1番得をするのか考えてしまう。さしずめ、治療薬やワクチン開発に成功した製薬会社などが頭に浮かぶが、これこそ莫大な利益を生むものと思う。

病気は治っても元だから、罹らぬことに越したことはないで、常日頃から自重して公衆衛生や健康管理に注意する必要があるが、いつ何時、自然界に存在しないウィルスや細菌がばら撒かれかも知れないとなると危機感を覚える。

まあ、77億にも達する世界人口の削減を目論むものなのか分からないが、削減のターゲットは黒人やアジア人やスパニックなどの有色人種になることは明らかで、今回の感染拡大がその前兆や前触れだとしたら、夢や希望もない。

そのほか、国や大手企業のサーバーが違法アクセスされており、実際に砲弾を打ち合うことはなくても、今はサイバー戦争の渦中にあることは、ご案内の通りである。

限られた資源をめぐる熾烈な利権争いの行方は知る由もないが、日々日常が年代に応じて何とか平穏無事に過ごせる世界になってほしいと思う。

しかし、こんな社会になると、つくづく人間の幸せとは、生き物の幸せとは何だろうと考えてしまう。もちろん、幸せは人それぞれであるが、必要最低限の基準はあるわけで、人間として尊厳を維持できる必要最低限の保障を国家がしなければ、国家の存在意義が問われる。

今回の武漢の騒動で、国は違うが私たち庶民はこのままでいいのだろうか。独裁・民主を問わず、共産・資本主義経済を問わず、既存の社会システムはまな制度疲労の末に機能不全に陥っており、その原因は、正に私達の倫理なき欲望の追求にある訳で、富の偏在、格差の拡大への不満が新たな火種になることは、火を見るより明らかである。

そんな視点に立てば、貧乏人の核兵器と言われる生物兵器ほど恐ろしいものはない。こんなものが地下組織で開発され売買されて撒かれれば、人類は破滅である。

科学技術の進歩、イノベーションは私たちの生活を豊かにするものとして欠くべからざるものであるが、その反面脅威にもなる訳で、いくら能力や技能に優れていても、お金やモノに幸せの原点をおくような人間を育て世に送り出してしまったら元も子もない。

そんな想いに、麻薬保持や不倫騒動が絶えない文化人や著名人の生き様から見えてくるのは、お金や物に幸せの原点をおく現代人の哀れな姿であり、上辺や体裁や建前に生きる現代社会の愚かさが透けて見える。

今や大金をかけて整形したり性転換したりして自らの身体を改造しなければ、自分を取り戻せない時代である。社会に非があるのか自分に非があるのか分からないが、とにかく多く人が今日の社会のあり方に違和感を持っていることは確かである。

松尾芭蕉の俳句に「物言えば唇寒し秋の風」と言う俳句があるが、今日的には諦めにも似たため息しか出ない。まあ、人生全て「言わぬが花」かもしれないが、見えぬ世界が本当なら、私達の人生とは一体なんなのだろうか?

ふとした瞬間に、そんな想いを共にすることが出来たら幸せである。そんな想いに、今日も新たな気持ちで頑張ろうと思う次第である。

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想い

人は想いに生きる。暖かな春の訪れに期待したいと思う。

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時代


ご案内のように、WHOは昨日4日、中国を中心に感染が広がる新型肺炎は、現時点では「パンデミック(世界的な大流行)」ではなく、特定の地域で流行する「エピデミック」であるとして、さらなる感染の拡大に冷静な対応をとるように世界に呼びかけを行った。しかし、ここまでいろんな情報が世界に拡散してしまうと、中国人を中心にアジア人を敬遠する動きが世界で出始めているようで、私達日本人にとっては、とんだとばっちりである。

そんな中、WHOはデマやフェイクニュースなど、誤った情報から不安心理が煽られ人種差別的な言動が広がることを防ぐため、Googleと提携して対策を講じていくようであるが、改めて情報社会の恐ろしさを痛感する。

なぜなら、仮に嘘やデマでも尤もらしく情報を流せば、世界中がその方向に動くからで、日頃から通販ばかり利用している私のところにも、私の趣味嗜好を分析したプロモーションメールや表示が届くことからしても、Googleやアマゾンのデータ解析によるAIメールの優秀さを知ることができる。

つまり、私が購入したものをチェックして、無くなる頃を見計らって再購入を知らせたり、欲しがるものをチョイスしてプロモーションして来る訳で、まさに痛いところに手が届くサービスぶりである。

昨日も感染防止のマスクのプロモーションが届き、何と6,800円のマスクが存在することを知ったが、マスクだけでは防げないことや、まだマスクにスペアーがあるので、再入荷を待つことにしたが。便利な時代であることは確かである。

ところで、話しは全く変わるが、アメリカ大統領選挙に向けた野党・民主党の候補者選びの幕開けとなるアイオワ州の党員集会の中間集計結果が初めて発表されたが、AP通信によると。集計率62%で中道派のブティジェッジ前サウスベンド市長がわずかな差で首位に立つ一方、同じく中道派で、全米の支持率でトップのバイデン前副大統領は4位と出遅れた模様である。さらに、首位に躍り出たブティジェッジ氏は38歳、ゲイを公表する候補者で、当選すれば史上最年少のゲイのアメリカ大統領が誕生することになる。

つまり、別の男性を夫にするアメリカの大統領が誕生する訳で、このような精神構造の人間が私達の将来を託す人間に値するのか、また理想の社会を建設していけるのか、甚だ疑問に思う。なぜなら、私的にはロシア売春婦とのスキャンダラスな遊びが報じられ非難されたトランプさんの方よっぽど健全(?)に思えるからである。

まあ、ブティジェッジ氏のような異色の(?)候補者が大統領候補として出馬できるアメリカは、性的に完全に解放された社会だと思われるが、そんな社会構造を深掘りしてみると、ファミリーを持ち子育てしようが、セフレやビジネスパートナーの関係に生きようが全く自由な社会であることは間違いなく、少なくとも性差や性別や性的な指向によって社会的に非難されたり差別されたりされない社会であることは確かである。

まあ、神仏の御前で共白髪まで愛しみ合うことを誓い合った二人が、その数年後には35%が離婚し、今や片親世帯やステップファミリーの存在も無視できない日本の状況を踏まえると、いま話題となっている夫婦別姓も含め、今日的な婚姻制度の終焉が予見される。

しかしながら、私的にはそんな個人の個性や性的な指向や自主自律を全面に押出し、極限まで突き進めた関係性に生きること自体が、果たして「ホモサピエンスの生涯としてどうなのか?」と言った単純な疑問が残る訳で、物言わぬワンちゃんなどの動物への「種を超えた想い」が確たるものとして存在する中、未だにペットロスから抜け出せない私としては、己の精神構造に一抹の不安を覚える。

そんなことから、未だに自分を写し出す鏡が見つからない私としては、少なくとも新型肺炎で犬死にしては、先人が歩んだ理想の愛への足跡さえ知らずあの世に行ってしまうことになるから、ここは何としても免疫力を高め犬死しないようにしなければならない。

そんな想いに、ここはじっと我慢してパンデミックの熱りが冷めるまで、多くの人が出入りする場所は避け、暖かい春の訪れを心待ちに頑張ろうと思う次第である。

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過ち


新型肺炎の感染拡大によって完全に都市機能が麻痺した湖北省武漢の様子をみる限り、都市機能を失った都市ほど魅力のないものはない。

公共交通機関が止まり、人影もまばらな駅や人通りが途絶えた街の様子を見る限り、今の武漢は完全にゴーストタウンである。その一方、市民は感染を恐れて、それぞれ自宅に閉じ籠っている訳で、さぞかしストレスが溜まるのではないかと思う。

市の衛生当局の封じ込め対策が功を奏し、一刻も早く元通りの市民生活を取り戻せるといいのだが、ただ祈るばかりである。

ところで、そんな武漢の様子から、改めて近代都市の社会インフラが災害(人災?)に脆弱であることを思い知るが、ウィルスのような微細なタンパク質の塊りで、私達の生活が一気に破壊してしまう現実に、ショックを受けた。

まあ、つくづく幸せの意味を考えさせられる出来事だが、自然界に存在するウィルスに手を加え、その逆襲に遭うとは、物質や科学技術を過大に信奉する今日の私たちの生活意識の愚かさを痛感する。何から何まで手を加え、成れの果てには自分の身体さえ改造を試みる世相に、自然と調和して生きることの大切さを改めて感じる。

確かに、この地上で生きていくには、精神論だけでは生きていけない。現実に私たちは物によって支えられ、物によって幸せを感じている。しかし、その一方、精神的なものが満たされなければ、幸せを感じとることができない訳で、人間とは本当に不可解な始末の悪いものである。

つまり、私たちは物質を支配するサタンと精神を支配する神との両面を持つハイブリッドな存在であり、そのどちらに偏ってもまた失っても、この地上において生きていくことができない存在なのである。

そんな物心両面の矛盾は、極論すると男女の関係に最も顕著に現れるような気がしてならない。なぜなら、如何なる崇高な恋愛も精神に留まることなく物質的な肉体の交わりによって満たされる訳で、ただ結婚することが目的なら、恋愛感情を捨て去ることが、成婚に至る最も容易い近道と言える。

言い換えれば、物質が支配するこの地上においては、そもそも私たちが理想とする恋愛は成り立たない訳で、そんな男女の関係や営みを探している限り、永遠に相手は見つからないと思う。

つまり、簡単に言えば、厳しい現実を生き抜くために、私達はお互いに「破れ鍋に綴じ蓋」になっている訳で、ひとりでは食べていけないから二人で暮らしている訳で、それが地上で暮らす私達の幸せの原点なのであって、この地上において、理想の恋愛をしようとすること自体に無理があると言わざるを得ない。

その一方、私達の今の生活はあまりにも物質に偏っていて、物質の法則に生活自体が雁字搦めになっているところに問題があり、見失った精神性をいくらモノで満たそうとしても叶う訳がない。だから、そんな単純な過ちを皆んなが気づき、これまでの価値観や世界観を転換しない限り、武漢のような過ちが繰り返されるのではないかと思う。

それでも、そんな社会の流れに対して、最近は人の絆やつながりをテーマとする作品が世間に出回り、私達の意識も物から心へと移り変わってきているが、それも商業ベースや怪しい宗教やスピリチュアルな世界観に乗っているものが多く、そんな薄っぺらなもので人間の心や精神が満たされるわけもないのだが、それでも物質から離れた意識に目覚めただけでもいいのではないかと思う。

そんな訳で、話しをもとに戻すと、命あっての物種、現実は現実として受け止め、とにかくウィルスに感染しないように注意しないといけない。

私的には、当面は精神と肉体のバランスをとりながら、栄養と運動と睡眠に十二分に気を配り、規則正しい生活をして、私たち人間が描く理想の愛を求めて頑張っていこうと思う次第である。



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凝り性

首凝りや肩凝りに悩む人は、脳の視床下部の血液が悪く、自律神経失調症や鬱病を発症する確率が高いと言われる。

そう言われてみれば、確かに首や肩の筋肉がこわばっていると、脳細胞への血管が圧迫され血流が悪くなるから、体調不良や精神活動の低下を招いてもおかしくない。

そんなことから、健全な精神と肉体を保持するためにも、何としても首凝りや肩凝りから解放された生活をする必要がある。

そこで、自分なりに考えてみたが、やはり運動やストレッチをして筋肉をほぐしてやるのが一番いいように思うが、さらに、腹式呼吸をして副交感神経を活性化し、全身に新鮮な酸素を送ってやることも大事ではないかと思う。

そんな中、私の同級生のお母さんは現在96歳になるが、週に1度カラオケをして楽しんでおり、いたって元気である。やはり、歌をうたうと腹式呼吸になるし、唾液も出るようになるし、歌詞も憶えるし、首筋の血流もよくなるので、自律神経を司る脳細胞に新鮮な酸素が送られ、結果的に不定愁訴や体調不良や鬱病になるようなことがなくなるのではないだろうか。

さらに、妻からその方の日常を聞いてみると、毎日が楽しくて仕方ないようで、その方は、お友達に何をしてもつまらないと悲観的なことばかり言っている人がいるらしいが、そんな愚痴を聞いた時は「楽しいことなんか探せばいっぱいあるじゃない」と言って上げると言っていたと言う。

確かに、その通りで、人生ほど工夫次第で面白可笑しく過ごせるものはない。「つまらない」とか「あっちが痛い、こっちが痛い」などと、不平や不満や愚痴や泣き言ばかり言っていると、精彩を欠き人もよって来なくなるし、精神的にも落ち込むばかりだから、早急にそんな意識は転換した方がいいと思う。

簡単に言えば、嫌なことや苦手なことはやらないことに尽きる。そんな単純なことさえ仕事をしていると気づかないもので、かえって真面目な人ほど、苦労するのではないかと思う。

まあ、人間は基本的にケチで欲が深く、一度手に入れたものはなかなか手放せないことから、要らぬことに気を遣い、ストレスを溜め込み首凝りや肩凝りに悩まされるのではないかと思う。そんなことから、私的には首凝りや肩凝りを解消するには、先ず第一に心のデトックスに取り組むといいと思う。

心のデトックスとは、どちらかと言えば、いろんな想いを捨て去るのではなく「手放す」と言った方が的を得ているような気がするが、平たく言えば、その場の楽しみを探して興じて生きることに尽きる。

私は50代前半に交通事故に会い首筋を痛めたので、スマホやパソコンを長く見ていると首や肩が痛くなる。長らく後遺症と諦めていたが、よくよく観察してみると、かなり精神的なストレスが首凝りや肩凝りの原因になっていることに気づいた。

そんなことから、私は最近は心のデトックスを心掛けているが、それも隠居して身辺整理を重ねるうちに気づいた次第で、全くお恥ずかしい限りである。

そんな訳で、最近は身も心も軽く、なるべく嫌なことは見聞きしないようにしているが、それにしても、中国武漢発の新型肺炎には恐れ入る。

特に、免疫が低下している高齢者を始め、糖尿病や腎臓病やがんなどで免疫が著しく低下している人は感染のリスクが驚異的に高まり特に注意を要すると言うので、このところ電車やバスや人混みは避け、買い物は専らアマゾンを頼りに生活している。

そんな訳で、今年は2月の下旬に横浜で開かれるCP +も予約は取ったものの、かなりの人混みになるので遠慮しようかと思う。人生臨機応変、常日頃から物事に拘らずに首凝りや肩凝りのない生活を心がけようと思う次第である。

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続新型肺炎

中国の国家衛生健康委員会の発表によると、湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスの1月31日現在の感染者は中国本土で累計11,791人で前日から2,102人増えて、死者も46人増えて259人になった。中国本土以外でも英国やロシア等で初感染者が確認され、感染は26か国の地域に広がっている。世界に冠たる中華ネットワークの脅威には感服するしかないが、フィリピンでは国外で初の死者も出ている。

一方、日本においては、帰国邦人の内3人の感染が確認されており、感染者は20人になり死に至るような重い症状の人はいないと言う。

まあ、様々な情報や憶測が飛び交い、何を信用してよいか分からないが、私的には一般的なインフルエンザ対策を取るしかないので、なるべく外出は避け、マスクの着用、手指の消毒、うがいを励行している。

その他、免疫力の強化が感染を防ぐ決めてと言うから、食べ物や栄養に気をつける一方、ストレスは免疫力の低下を招くので、暫くは精神的に落ち着いた生活をしようと思う。

そんなことから、最近はAmazonで買い物をすることが多くなり、馬込の孫の家にも電車やバスを乗り継ぐので、このところ遠慮している。

ところで、今回の騒動は武漢にある中国の生化学研究施設から漏れた生物化学兵器によるものらしく、既にワクチンは開発されているものの、それは支配層や特権階級御用達らしく、一般には情報さえ公開されていない。

拡散したウィルスが、研究施設から漏れ出したものか、兵器として使用されることを察知した欧米の工作員によって中国で拡散されたものか、真実は知る由もないが、増え続ける世界人口を一挙に殲滅させる手段として、エボラ出血熱やエイズやSARSなどと並び、これからも一般庶民の脅威となる。

一方、この災難は今の習近平政権にとっては、致命傷になりかねないが、コントロール不能に苦しんでいたバブル経済の沈静化につながることも考えられ、武漢市民の生命を犠牲にしても余りある訳で、もしかすると、現政権は「災い転じて福となる」と思っているかも知れない。

いずれにせよ、世界の工場である中国の経済が一時的にもストップすれば、様々な国の経済に影響が及ぶ訳で、明日3日の株価は多分暴落だろう。さらに、中国への輸出依存度が高いお隣り韓国のドル・ウォン相場は、1,200円を超えデフォルトの公算が強まり、日本の企業の売掛金の回収も儘ならぬ事態も想定されるが、デフォルトを救済してくれる国も見当たらないのが実態である。

そんな訳で、いよいよ日本の経済も行き詰まり大打撃を受ける公算が強まってきたが、2月に入ると巨大地震の発生も懸念され、また新型肺炎の感染が長引けばオリンピックの開催も危ぶまれる。

いずれにせよ、部屋に閉じ籠ってばかりいては、何かとマイナス思考になり、うまくない。差し迫る節分の豆撒きも感染リスクを考えると両手を上げて楽しむ訳にもいかない。暖かい桜の季節の頃には、感染収束の朗報がもたらされることを期待して、ここは暫し我慢しようと思う。

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