預金封鎖

今日の日本は、70歳以上の高齢者が1,100兆円の預貯金等の流動性金融資産を持つと言われ、日本の預貯金の80%が60歳以上の高齢者が所有することから、政府は郵貯銀行の限度額を1,300万から2,600万に引き上げ、タンス預金を炙り出し、その後に新札発行を機に財産税を課して政府負債をチャラにすることを目論んでいるようで、来るべき2024年10月の新札発行に併せて、預金封鎖に向け制度改正を検討しているようである。

まあ、日本も遂に行き着く処まできた感がするが、家族や地域のつながりも薄れ、頼みの綱の預貯金も奪われては、正に踏んだり蹴ったりであるが、これで資産隠しが是正され資産格差が解消され、来るべきベーシックインカムへの布石となるなら仕方ない。しかし、表向きはそうでも、裏では一部の特権階級や権威筋に優しいものになるやも知れず、不信感は募るばかりである。

まあ、何事も抜け道はつきもの、お隣りの韓国のタマネギおじさんをお手本に、若い官僚や政治家やエリートらが暗躍する日本にならないことを祈るしかない。

そんな想いに、戦後の民主教育に一抹の不安を覚えるが、何はともあれ、若さは宝である。先人の二の舞を踏まずして、新生日本の再建に若人は不正を働かずに頑張ってほしいと思う次第である。

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秋風

イベントが終わり皆んなと別れて、すっかり暗くなった街を歩いていくと、知り尽くした街並みなのに妙によそよそしく、時の流れに全てが塗り替えられていく現実に、底知れぬ喪失感に襲われた。

普段なら寂しく感じる街灯が妙に優しく月の光に思える。やはり地上のものはカエサルに、満たされぬ想いは天空に帰するものかも… 全てが幻想、想いは果てしなく尽きることがない。

そんな想いに、全てに感謝し、また明日から頑張ろうと思う。

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季節

あっという間に季節は秋、いつも季節に取り残される自分がいる。いつかは塵と化す身とは言え、余りにも日々の流れが速すぎて唖然とする。

昨日も写真データを整理していたら、4年前の孫の動画が出てきたが、僕に抱かれてセーターにヨダレを擦りつけていた頃が昨日のようである。それが今では床に広げた模造紙にアンパンの絵を描き、ストライダに乗って町内を走り回る。もうすっかり私の手を離れてしまい、嬉しくも一抹の寂しさを覚える。今一度そんな時に戻ってみたい、そんな気がする。

しかし、何事もみなこんなもので、新たな出会いに新たな目標を見つけて頑張るしかない。それにしても、世間は世界的な経済金融システムの行き詰まりから崩壊が懸念され、戦争による特需か、平和理にデフォルトに帰着するのか、不穏な空気が漂うが、いずれにしても、不安や恐怖をベースに目標を立てる馬鹿はいない。夢や希望をベースに未来を見据え目標を定めなくては実現しても意味がない。

そんな想いに、外に目をやると、この週末はやはり台風の影響からよくないようである。気持ちは冴えないが、今日は久々に頼まれ事があるので、気持ちを入れ替えて誠心誠意頑張ろうと思う。

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預金封鎖


新札発行と同時に預金封鎖と財産税の徴収が行われる可能性がある。対策を急いだ方がいいかも知れない。

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自由


国や人種や民族を超えて活動するGAFAが世界を支配するこのグローバルな時代に、民族の統一を目指して反日種族主義を貫く文政権に何のメリットがあるのだろうか?

まあ、あると思っているから命がけで反日路線を突っ走っているのだろうが、仮にあわよくば民族の統一が果たせても、今より質の高い生活ができる訳がない。見栄や妄想に取り憑かれ、グローバル経済システムに背を向け、タマネギ男と自国を消滅に導く罪は重い。自国の立位置や世界の動向や時代の流れを知らな過ぎる。本当に愚かなリーダーだと思うが、共産化により自由が奪われる一般庶民が哀れである。

しかも、時代はGAFAどころか、AIをも凌駕するブロックチェーンの時代を迎えている。ビットコインの中核技術であるこの技術が多くの分野で将来普及し確立されれば、私達は如何なる権威に拠らずに、p2p(peer to peer)に自由につながる社会に生きられる訳で、国家や宗教や法律や哲学、伝統や文化、風俗や因習でさえ意味をなさなくなる。私達の自由は世界中の人々によって保証され、自由に生きられる時代が直ぐそこまで来ているのである。

そんな壮大な技術が、サトシ・ナカモトと言う日本人技術者によって2008年に生み出されたとは驚きであるが、改めて私たちの自由が国家や宗教などの権威や制度の下に踏みにじられてきたかが伺える。

そんな想いに、これから一雨毎に寒くなると思うと寂しくなるが、いろいろ考えても、全ての権威が地に堕ちた今日、誰も頼りにならない。だから、それはそれとして、気持ちを入れ替え、もうそろそろ柿やサツマイモや栗が出てくるから、私的には食欲の秋を楽しもうと思う次第である。

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想い

想いは果てしなく尽きることがない。すべてに感謝したいと思う。

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デトックス

デジタルデトックスとは、一定期間スマホやパソコンなどのデジタルデバイスとの距離を置くことでストレスを軽減し、現実世界でのコミュニケーションや、自然とのつながりにフォーカスすることを言うが、その効果は、

気持ちがスッキリする
目の疲れが取れる
頭(脳)の疲れが取れる
睡眠の質が良くなる
ストレスが減る
安心感が増す
想像力(創造力)が高まる
ひらめきが良くなる
五感がさえる
幸せな気持ちになれる

などが上げられるが、今日のように悪戯に不安を煽り立てる情報ばかりだと、たまにはデバイスから離れ、今日的な情報空間から離れるのも、心の健康を保つ秘訣かもしれない。

しかし、身体のデトックスと違い、スマホはゲームやVideoやネットサーフィンだけでなく、電車やバスに乗ったり買い物や電話やメールなどでも使うから、完全に手離す訳にはいかない。

さしずめ、ゲームやビデオや音楽などの視聴をやめるくらいだが、それでもやってみると目の疲れや肩コリが確かに軽減する。正確に時間を計った訳ではないが、やはりちょっと手持ち無沙汰になると、無意識にスマホをいじくり回しているのではないかと思う。さらに、スマホから発生するブルーライトや電磁波なども脳神経に悪影響を及ぼすので、やはり現代の神器もほどほどにしないとうまくないらしい。

それにしても、最近のスマホは毎年新機能が追加され楽しみではあるが、その反面、いつか知らぬ間に先方のマーケティングに乗せられ買い換えてしまう。まあ、ガジェット好きだから仕方ないが、付随するネットサービスへのサブスクリプションもあるのでバカにならない。そのうえ健康を害したら、それこそ泣きっ面に蜂で、たまったものではない。

そんな中、今日は天気予報によると台風が接近しており、夜には大荒れになりそうだが、今朝は穏やかな秋晴れで心地よい。ところで、今年は「目黒のサンマ祭り」で、初めて冷凍サンマを使うらしいが、お祭り気分で食するのも楽しいと思うが、私は焼き魚の煙や匂いが嫌なので、楽しい秋の風物詩ではあるがスルーしようと思う。

いずれにせよ、台風もやってきて、いよいよ秋も本番。お隣りのタマネギおじさんや暗い世相はそれとして、今年も元気に楽しく秋の味覚を堪能し生きる喜びを実感しようと思う次第である。

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話題

韓国南部・釜山市議会は6日、日本の植民地支配下で労働者らを徴用し被害を与えた日本企業を「戦犯企業」と特定し、こうした企業の製品購入を控える努力規定を盛り込んだ条例案を可決した。

さらに、道路上に置かれた造形物の許可に関する条例の一部改正案も可決し、同市が許可する対象物に「歴史的事件を記念する銅像や造形物」を追加した。

このことから、釜山市の日本総領事館付近に設置されている慰安婦問題を象徴する少女像や徴用工を象徴する像も、これまで不法に置かれたものとされていたが、改正条例により設置が合法化されたことになる。正に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言った反日運動の勢いは留まるところを知らない。まあ、ここまで嫌われ憎まれてしまったら、無理してお付き合いすることもないと思う。

いずれにせよ、このまま行けば、韓国経済は破綻し半島全域が北朝鮮化することは目に見えているが、そんな時、日本に押し寄せてくる難民にどのように対処するかが問題であり、早急に対策を講じておかないと、また高飛車な人道的な持論を展開し、お得意のプロパガンダで嘘の上塗りされてもつまらない。

そんなことから、北方領土にロシアとの共同開発事業で、難民受入施設を建設する案が浮上しているようだが、とにかく、1000年の恨みを持つ国である。二の舞を踏まないよう、早急に対策を講じることに越したことはない。福沢諭吉先生の脱亜論に範を得るのが得策だと思う。

まあ、お隣り韓国が絡む話しはいつも「妬み、嫉み、恨み、傲慢、不誠実」と言った人間の醜い側面が浮き彫りにされ、最近では韓国と聞いただけで、身の毛がよだつ。困ったものである。

そんな中、今日は久々にNasに保存したファイルを整理してみたが、6年も前のワンちゃん達の動画には、改めて月日の流れを感じさせられ感慨深いものがある。このところ、政府は健康長寿を美旗に掲げ「働き方改革」を推めているが、効率や利益重視の世相の中、無意味な競争や生き甲斐の搾取に翻弄されては元も子もない。生きるにはお金も大切だが、それより時間が大切である。

そもそも、人生に意味はなく、人に意味づけしてもらって生きるバカはない。なぜなら、意味がないのだから、どう生きてもいい訳で、生きるモチベーションも過労死に通じる「生き甲斐の搾取」に気づかず、年老いてしまったら、これまた悲劇である。多くの箍が外れたこの令和の時代に、旧態依然としていてはいられない。

そんな想いに、今週はちょつとハッスルし過ぎたので、この週末は嫌なことはみな忘れ、ゆっくり月見団子の夢でもみて過ごそうと思う次第である。

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目的

人生の目的は、享楽や悲哀ではない。私のような高齢者でも、小さな子供たちが日々成長していくように、昨日より今日、今日より明日へと成長していく自分を見定めることではないかと思う。

それには、考えてばかりしていないで、とにかく行動することだと思う。なぜなら、頭の中に描かれた1万円はポケットの10円にもならないからで、この夏休みに自転車に乗れるようになったり平泳ぎができるようになった孫たちからしてみても、実際に行動することの大切さが伺える。

まあ、大人になると、いろんなことに興味が薄れ、溜め込んだストレスを下らないことで発散し、なかなか新たなことにチャレンジする気力もなくなるが、それでもなんとかやりくりして、出来る範囲で現実に行動してみると新たな道が拓けてくるものである。

しかし、それにしても、最近は相変わらず冴えないニュースばかりで、こんなニュースばかり聞いていると、意気消沈して夢や希望もなくなってしまう。

ところで、ご案内のように、私達の身体は日夜新陳代謝を繰り返し、今の身体は最近食した食べ物で出来上がっている訳で、身体に良いものを食べていれば健康になり、いい加減なものを食べていれば不健康になる。それと同じように、夢や希望がない話にばかり接していると活力が抜けてしまい、精神的に不健康になると思う。

だから、健全な精神を維持するには、夢や希望があるものに接することが大切である。心が塞ぐ嘘偽りや不正やごまかし、さらに薄汚れた汚いものや醜いものや不潔や不浄なものから離れ、 正しく清らかで誠実なことや、綺麗で美しく心地よいものに接することが大切だと思う。

そんなことから、人に不快な思いをさせないように、私はいつも夢や希望のある話をしょうと思うが、どうも最近の世相に押されて夢のない話ばかりしてしまう。困ったものである。

ところで、話しは全く変わるが、韓国の文大統領の側近で、疑惑続出のタマネギおじさんは、さすがに韓国の高級住宅街江南区に住む超セレブの左翼主義者だけあって、日本の政治家のようにドブくれていない。まあ、嘘もあれだけ平然と言えば本当に聞こえる訳で、顔などもシミもなくスッキリしていて正にタマネギのようで、さすがに美容先進国韓国の次期大統領候補である。

まあ、嘘で固めた政権が何処まで持つか見物だが、もともと米国によって作り上げられた虚構と妄想で出来上がった国だから、先進国の仲間入りをするには、まだまだかなりの紆余曲折があると思う。

それにしても、198412月の中英共同声明で、中国は返還後も外交と防衛を除いて大幅な自治権を与え資本主義制度と生活様式も50年間は変えないという〈一国二制度〉を認めたにもかかわらず、最近は声明自体を時効とし、逃亡犯条例を押し付けたり思想の弾圧を強めている訳で、中国にせよ韓国にせよ、約束を守らない全てを自分の都合で塗り替えてしまう国家が近隣に勢力を拡大していることは、世界に開かれた日本にとっては無防備で驚異である。

この夏にご一緒した台湾の家族は、私達と全く変わらない価値観や世界観を持っており、そんな親日派の中国人もいる訳だから、やはりどちらの国も時の政権が悪いのではないかと思う。

そんな訳で、何んか支離滅裂になってしまったが、暗く閉塞感漂う世相の中、私的には事実をありのままに現実を現実として受け止めながら、夢や希望を語り伝えていこうと思う次第である。

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ミネラル

ご案内のように、カルシウム不足は骨粗鬆症に、塩分の摂り過ぎは高血圧に、塩素やトリハロメタンはガンに、アルミニウムや銅や水銀や鉛の蓄積は脳や神経系にダメージを与え、手が震えたり、痴呆症になると言う。

しかも、最近は浄水器で有害なミネラルだけでなく有益なミネラルも除去されてしまうから、水からミネラルを補給するとなると、ポカリスエットのようなミネラル水を飲むことになる。しかし、これも人工的に調合したものだから人体に本当に有益なものか疑問が残る。

まあ、ミネラル不足だと食事しても栄養が吸収できないらしいので、食事には気を遣う必要があるが、巷の健康情報は特定のミネラルを抜いた実験を繰り返した結果であり、栄養の吸収は人種や年齢や性別も絡むからイマイチ信憑性に欠ける。

また、ストレスはミネラルバランスを崩すと言うので、あまり栄養やミネラルバランスを気にしないで、旬のものを満遍なく食するのが、私的にはいいように思う。

まあ、人生を豊かに楽しくやっていくには、何事も遠からず近からず適当な距離感を持って寡欲に徹することで、成り行きに任せて気楽にやるのが一番である。そんな極意は食事ばかりでなく、生きていくのに欠かせない様々な人間関係にも通じるものがあり、食事も人間関係も共に中庸に徹する諸刃の剣と言える。

しかし、なかなか適当な距離感を持つことは難しく、方や食べ過ぎや偏食になってしまい、方やお節介や依存や支配になってしまい、なかなか自律した関係性を持って生きるには、それなりに知識や知恵が必要である。

そんな訳で、いろいろ調べてみると、物事の元凶はストレスにあるようで、不用意にストレスによって動いてしまうと、さらなるストレスを呼び込み、負のスパイラルに堕ちていくらしく、その辺の欲求を自分なりに分析する必要があるが、簡単に言えば、行動を起こす一歩手前で、世間の常識や理想に捕らわれないで、更なる目線で感情や感性の目的を捉えることだと思う。

まあ、精神科医であり心理学者のアドラーによると「人生の悩みの大半は人間関係にあり、感情には目的がある。」と言うから、常に己の感情を客観的にトレースしていけば、何事にも適当な距離感のある生活ができるのではないかと思う。

そんな想いに、今日は夕食にガン予防にニンニクを炒めて食べたが、普段食べ慣れないから胸が焼ける。「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うが、過度な健康志向も考えものである。

この経験を活かし、また明日から愛と正義と勇気を信じて、頑張ろうと思う次第である。

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