
小梅の幼木がいち早く春の訪れを伝えてよこす。座敷の西の掃き出し窓を全開すると春の風が西から東へ突き抜けて、何と言う心地よさ…
冷蔵庫から炭酸を取り出して口に含むと、しゅわっと炭酸が口の中で広がり、一気に初夏になった気がした。
夕げに冷たいうどんが食べたくなって、菜園からネギを引っこ抜き、鶏肉やニンジンや大根、ゴボウやシメジなどを切り分けて、夕げの下準備をした。天つゆで煮込み暖かいうどんでもいけるが、冷たいうどんのスープにして食べようと思う。
風に吹かれ、いつしか蜻蛉の身になってしまったが、春の風に憩う穏やかな自分に戻れて大満足、ひたすら感謝したい。
時に何年か前に、湯島の白梅を観る機会を得たが、ところ狭しと掛けられた大学合格祈願の絵馬に、若き日の想いが重なり、春の風の匂いがした。
競い合い、争って何になる。今のネットは炎上ばかり、批判したり反目し分断や分裂を招くために言葉が使われている。哀れである。善きも悪くも皆な生き残りを掛けて生きているのである。
そんな流れに、本来の言葉を先人の知恵に肖り取り戻してみたいと思う。
春と言えば…島崎藤村の詩歌…
小諸なる古城のほとり島崎藤村小諸(こもろ)なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なす蘩蔞(はこべ)は萌(も)えず
若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶(と)けて淡雪(あわゆき)流る
あたヽかき光はあれど
野に満つる香(かおり)も知らず
浅くのみ春は霞(かす)みて
麦の色わづかに青し
旅人の群(むれ)はいくつか
畠中(はたなか)の道を急ぎね
暮れ行けば浅間(あさま)も見えず
歌哀(かな)し佐久の草笛
千曲川(ちくまがわ)いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒(ざけ)濁れる飲みて
草枕しばし慰む
改めて、今あることに感謝したい。