世の中狂っている。何もかも真面ではない。言葉は反目や誹謗中傷の道具になっていて相互理解には程遠い。
本来何でも一長一短、全てに通じれば全てに役立たない。簡単に言えば「毒も薬」よく効く薬は毒になる。そんな諸刃の剣を振り回しても、お互いに傷つくだけで、深入りせずに距離をおくのが知恵と言える。
確かに、言葉は相互理解に必要なツール、アイテムだが、それは二次的な用途であって、本来、言葉は相互理解のためのものではない。
言葉は己の仏性(霊性)に語り掛けるツールであり、言葉が言霊と言われる所以である。
言い換えれば、祝詞や真言や念仏や「祈り」が言葉の本来の役割(用途)であって、言葉は内なる霊性とつながるアイテム、ツールなのである。
だから、話し合うことは大切だが、相互理解に齟齬が生じるのは当たりで、本来の用途を逸脱しているからに他ならない。
森羅万象、常に変わり行く浮世の瀬に竿させば流されるのが当たり前、そんな風情を楽しむくらいの余裕で言葉しないと会話にならない。
そんな想いに、やはり人間はどこまでいっても一人、孤独の存在である。大きな象を目暗らが触ってお互いに理解したような気になっているだけで、その本質は幻想や幻影に過ぎない。
そんな幻想や幻想を頼りに右往左往しているのが私達の日々日常であって、それは国と国の外交などにも当てはまる。
そんな視点で、世間を眺めると、まあ何てステキな「ことば遊び」と言ったものもあれば、感情剥き出しに「罵ったり罵倒したり」本当に下らない言葉もある。
総じて、多くは単なる暇潰しや役立たない言葉の羅列であって、生きる糧となる言葉は、己の内面から沸き上がる言葉にあるような気がする。
そんなことで、今日はワンちゃんFREAKのカミさんのお伴で、遠方のブリーダーに新しいワンちゃんを迎えにいく。我が家のワンちゃんとしては7代目になるが、昨日は新しいケージとキャリーバッグを購入して組み立てたりして、受け入れ準備に忙しかった。
新しい家族の受け入れに、カミさんは上機嫌で友達に話し回っている。何代もお世話になっている獣医さんにも最初のワクチンで連れていくことや、リードや服などを買い足すのを楽しみにしているようである。
新たな春に、家族が増えるのは喜びである。改めて、今あることに感謝したい。