人は恐れや不安から、誰かに頼ったり宗教や普遍的な真理や世界観といったものに拠り所を求めてしまうが、よくよく考えてみると、単なる思い込みや「イワシの頭も信心から…」の類のものが多く、100%解決に至るような法理や法則などは存在しない。
まあ、見方を変えれば、夜寝床につき朝起きれば、昨日とは全く違う世界が目の前に広がっている訳で、年が明ければ、ガラリと世相が変わるような気がする事は、誰にでもあるように思う。
そんな風に言うと、何かいい加減で信用ならない「風見鶏」のように思われてしまうが、いま仮に、誰が死のうが生きようと、相変らず何もなかったように地球は回り続けている訳で、アメリカの大統領やロシアのプーチンさんが仮に殺されても、体制が崩壊することを恐れて戦争でもしない限り、何ら体制に影響はなく、夜が来て朝が来るだけの話しで、現実に勝る真実はない。
だから、様々な想いは別として、世の中は超現実的に生きる方が理に叶っている。事実、世界は既得権や利権競いで成り立っている訳で、民主主義も社会主義も最終的には利権や利益の裁定が課題だから、主義主張に拘わらず、多くの分け前に預かった方が利口である。
ゆえに、世間の変化を見逃さないで、勇気を持って自分を変えていく努力に徹するべきで、自立とは「変わらぬ真理や思想」に生きることではなく、「自在に変化し続ける」ことであり、「チャレンジし挑戦し変化し続けること」だと思う。そして、さらに言えば、アップルの創始者スティーブ・ジョブズが言うように「変化し続けることが真理」と言える。
だから、一つの思想や主義主張や世界観に凝り固まっていては、時代の流れに取り残され苦労するだけの話で、決してそんな単一思考に生きていてはいけない。適当に割り切る知恵も併せ持ち「諦める勇気」もなくてはならないように思う。
まあ、一般的に、何かに拘ったり、何らかの想いに凝り固まっている人は、戦争や災害や病気などで、過去に大変な想いをしたり、複雑な生い立ちなどで、心に深い傷を負ったりしていて、なかなかトラウマから抜け出せない、純粋でお人好しで傷つき易い「優しくて小度胸」の人が多いように思う。
まあ、「毒も薬」とか「必要悪」と言った言葉があるように、あまりことを突き詰めないで、時には視点を変えて物事を見直すことも必要で、挑戦と言う言葉には、攻めまくるばかりでなく、機を見て逃げる勇気も含まれているように思う。
不器用な使命感や責任感から「逃げられない」と思うから、不都合や不具合が出てくる訳で、どう思われても、どうなってもなろうとも、命を取られることはないから、度胸を据えて現実的に生きていくべきだと思う。
そんな訳で、今日もおかげ様で、いつものように朝を迎えた。寒いけど良い天気になりそうである。そんな思いに、今日も新たな出会いを信じて、アンパンマンのように「愛と正義と勇気を持って」臨機応変にして頑張ろうと思う次第である。