デカダンス

コロナ騒ぎでうんざりする毎日。いざ既存の枠組みが音を立てて崩れ始めると、何かしら妙な感覚を覚える。何せ、高齢者を狙い打ちにする殺人ウイルスである。さらに、これからもいろんな感染症が蔓延し、世界人口の大半が死滅するとの都市伝説も噂され、いよいよ全世界を一つの市場とするグローバリズムの終焉が始まる。

まあ、世界中からお気に入りの産品を取り寄せ、贅の限りを尽くす大富豪らの生活も、コロナ騒ぎで世界中に張り巡らされたサプライチェーンが分断瓦解し、下手をすれば日々日常の品々や食料品の調達にも支障が生じる想定外の事態に、その神代も恐れぬ傲慢さにも天罰が下り暗転の気配が漂う。

そんな中、とにかく庶民の身方は自分しかないから、持ち得る限りに免疫を高めようと様々な医療情報や健康情報をネットで搔き集めるに、まあビタミン剤やら健康補助食品やら、その数や種類の膨大なことに唖然とした。ここに「健康や健全」と言う言葉に逆らうつもりはないが、世間の情報を鵜呑みにしては、とてもまともな生活はできないものと思われる。

それにしても、日頃慌ただしい日々日常に、知り得た諸々の生活の知恵や知識や常識に従い、与えられた枠組みの中で、時にはずる賢く、よりよい生活を夢見て生活することに何の矛盾も疑問も持たない人が常識ある大人だという世相に、少なくとも私はその種の人間ではないことは確かである。

なぜなら、それは自分自身にも問題があるが、世間のあり様や枠組みにいつも何かしら違和感や疑問を持ち居場所がない想いに苦しんできたからで、そんな根源的な欲求不満を解消する手立てもなく、晩節を迎える今の自分が、最近は限りなく健気で愛おしく思える。

世間が良しとする「健康で健全な生活観」にも生きられず、さりとてそれに向かって挑戦する勇気も犠牲の重さに見失い、残るは文化芸術や音楽に、一時の感覚や快楽に酔いしれ、まさに爛熟の果ての頽唐(たいとう)や退廃、道徳的な健全な精神さえも失い兼ねないデカダンスに憧れる日々の連続に、神仏の教えも単なる諦観と儚くも崩れ去り、最近は文化芸術の意味にさえ疑問を抱くようになった。

そんな中、今回のコロナ騒ぎで、これまで当たり前だった世界統一の経済金融システムが図らずも大崩壊し、今やヨーロッパは地域や国境が閉鎖され、市民は隔離生活を強いられている。金融市場とは遠く離れた実体経済さえ立ち行かなくなり、これから多くの人が生活苦に喘ぐことは間違いない。

そんな世相に、私は9年前の東北大震災の「一瞬にしてすべてを喪失した現実」を新たに、何かこれまでの根源的な生活への違和感や欲求不満の根拠や原因を探り当てたような気がする。

まあ、地域や国境が閉鎖され、グローバル化の先陣をきるヨーロッパやアメリカも、自国主義、民族主義、差別や偏見の閉鎖社会に回帰し、仮に異国の地でコロナに感染でもしたら、その国の医療制度に頼る術もなく、何としても自国に帰還せねばならぬ訳で、下手をすれば私達日本人は東洋人であるがゆえに、襲われたり殺されたりしかねない。

敢えて言えば、図らずもコロナウイルスが、世界統一国家やグローバリズムや中国の一帯一路などと言う騙し文句に潜む野望を炙り出し、利権の拡大と覇権を狙う単なる絵空事に過ぎないことを証ししたことになる。

そんな想いに、「国破れて山河在り」。すべてを失っても、土地と水さえあれば、そして、それなりの想いと出会いがあれば、人間は何とか食いつないでいけるものである。デカダンスにあっても、世間の健全や健康には程遠くても、私的には己の想いに微かな望みをつなぎ、新たな出会いを信じて頑張ろうと思う。

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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