「金は天下の回り物」そんな認識でいたので、金(持ち金)が借金や負債とは考えも及ばなかった。しかし、お金は「信用の創造や供与」から作り出されるものだから、お金を持つことは「信用と言う負債」を背負うことになる。
となれば、信用が足枷となり「自由度が狭まる」わけで、蓄財や財産の保全に、必要以上に時間と労力を掛けるのも考えものである。
まあ「あればあったで、なければなくて苦しむのがお金」だから、どちらにしても余り欲をかかず、身も心も軽ろくして、気楽に日々を過ぎ超していくのがいいように思う。
そんな訳で、今日も相変わらず平々凡々の1日、春じゃがの芽だしも順調、さつまいもは5月の植え付けに向け、そろそろ苗つくりに取り掛かろうと思う。
それにしても、連日のキナ臭い報道にはもう飽き飽き、ガスネタに操られる庶民はどう関わればいいのか途方に暮れる。リーダーたる政治家や官僚の捨て身の努力に期待したい。
いずれにしても、今あることに改めて感謝したい。