「物言えば唇寒し秋の風」は、江戸時代の俳人、松尾芭蕉の俳句であるが、余計なことを言うと災いを招いたり寂しい思いをしたりして、「口は災いの元」と言われる所以である。沈黙は金、語らいは引き算の美学であり、多くを語れば虚しさが残る。
オスカーワイルドの短編「Selfish gaiant」に親しき友と一週間語り尽くしたが語り尽くせないと言う下りがあったが、想いはいくら語っても語り尽くせないものである。
阿吽や間にこそ語らいがあるのかも知れないが、余計な語らいや便利グッズに囲まれた生活は時空を歪める。
「 山に向かいて目を上ぐ…」救いは疾の昔に与えられている。そんな想いに、温かな春の日差しに、改めてすべてに感謝したい。
最近の政局を巡る政治家やマスメディアやネットの情報発信は異常である。無知無明が織り成す狂気の沙汰としか思えない。
時流は「けなし合い」や争いや分裂や分断にはない。力による平和も虚しい。安全と安心は互いの尊敬と信用と信頼に、調和(armonia)と融和にある。改めて、自然の調和に生きる先人の「引き算の美学」に知恵の奥深さを実感する。私もそうありたいと思う。