敗戦国の憂き目から、今現在アメリカの属国に甘んじているものの、ドル円統一デジタル通貨の発行ともなれば、もはや日本はアメリカの第51番目の州にならざるを得ない。
統一通貨と言えば欧州のユーロが先駆者だが、物価や賃金の格差、人種や民族の移動の緩和、さらにドラッグやカジノなど、日本の生活に余り馴染みのない娯楽が入り込み、本来の日本の美意識も商業化してしまうようで心許ない。
とにかく、日本と西洋は生活意識がまるで違う訳で、敢えて異文化を理解する努力をするより、適当な距離感を持ってお付き合いした方がいいのではないだろうか?
まあ、何でもとにかく嵌まりきらないことが大切で、宗教なども一度嵌まり込むと、組織の生活にしか生きられなくなる訳で、信仰が信者の囲い込みの道具に使われているのが現実である。お布施や寄付を始め、普段のお付き合いや取り巻きも、お馴染みさんにのみになってしまう訳で、狭い世界に生きることになる。
とにかく、世界は広いのだから、自分を見失わないためにも、どんなことも適当に関わるのがベターではないかと思う。「過去は記憶、未来は希望、現実は今現在にある」と言うが、何事も過ぎ去れば意味を失い、今現在を直視して、明日に夢と希望をつなぐしかない。
そんなことで、今日は久々に建具の立て付けに本腰を入れてみたが、ピタリと寸法が決まり大満足、調子に乗って傷んだ屋根瓦を漆喰で補修したりして、やたらくたびれた。平屋だが屋根に登ればそれなりに勾配がある訳で、滑れば骨折は間違いない。途中で靴下を脱ぎ捨て、素足で腹筋に力を入れて欠けている瓦を補修したが、ご案内のように、漆喰は扱いが難しいので、目に入らぬように、吸い込まないように練り上げるのに苦労した。
まあ、細心の注意を持ってやったので、事なきを得たが、後は樋の掃除を暇をみて、アマゾンから雨樋掃除ブラシを購入して取り組んでみようと思う。
そんな訳で、昭和のあばら屋も私一代でおしまい、畑も果樹もおしまい、トカゲのトゲちゃんもカラスのカー子も、バッタのバタ子も、野鳩のポッポもみんな散りじりバラバラ、それぞれに未来が待っている。
別に過去の感傷に浸るつもりはないが、行き先も分からずただ歩ってきただけで、いろんな出会いと別れに、ただひたすら感謝しかない。まあ、人間の営みは汚物にまみれた穢れから何としても離れられない訳で、そんな欲得や我欲や我執の営みの果てに、権威などある訳がなく、ノーベル平和賞に日本被団協が選ばれたのは喜ばしいが、それも時を経れば意味が薄れる。
そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。