成り行き

大分暖かくなってきた。畑の作物に水をやりながらジャガイモの芽欠きをした。上掛けのタオルケットを洗濯して干したり、水やりや樹木の消毒をして午前中が終わる。

以前は意識して頭が冴えている午前中に頭を使うことをして、午後は身体をなるべく使うようにしていたが、家庭菜園を始めてからは真逆となり、午前中は掃除や洗濯、食事の用意やガーデニングなど、もっぱら隠居オヤジの家事仕事で、頭を使う難しいことはしたことがない。

時に、今の社会は無理と理屈を並べ立て難しくしているところがある。世間体や体裁や体面に拘り保身に必死になって、コンプライアンスとかSocial responsibility (社会的責任)などと理屈は立派だが、それは表向きで、現実は倫理なき道義なき法令遵守に胡座をかいている。全てが自己選択·自己決定·自己責任で片付けられ、極めて人間性を欠く社会になりつつある。まあ、基本的にそれしかないのかも知れないが、そこは生身の人間だから、少しは知恵や融通が利かないと、緊張や不安だらけのストレス社会になってしまう。

事実、最近は様々な情報が入り乱れ、それぞれに印象操作が繰り返されるので、政府筋の情報でさえ鵜呑みにできず「人を見たら泥棒と思え」の世知辛い社会になっている。

しかしながら、社会の安全や安心は、確実な信用や信頼や権威の上に成り立つものであるからして、何かと真実を伝えるものがあって然るべしだが、それとは真逆に近頃は社会の根底を揺るがす「支配構造の実態」が明らかになり、政治や宗教は言うに及ばず、お金も金融機関が信用の創造から無限に作り出され、さらに借金が経済を回す原動力になっていることからしても、政治体制(共産主義や自由主義)に拘わらず、社会は巧妙に仕組まれた支配構造そのものであって、個々人の幸せの上に成り立つものでないことが分かる。一部の特権階級や富裕層の体制維持を目的とするものであることは言うまでもない。

最初から社会は一生懸命努力すれば幸せになれるような仕組みにはなっていない訳で、私達は生き甲斐の搾取の中で、お互いに騙し騙されて生きる哀れな存在なのである。

しかしながら、そんな社会でもお互いに助け合って生命をつないでいるのが現実で、政治体制や社会体制に拘わらず、その中で自分なりの幸せを追求し実感していくことが私達個々人のテーマと言える。

それにしても、己れに生きれば社会の同調圧力や軋轢に苦しめられ、社会を始め家庭や家族やパートナーとの「依存や支配の構造」に生かされる存在だからして、それなりの信念に己れを帰すことも、酒やドラッグに溺れることとあまり変わらない気がする。

言い換えれば、何事も突き詰めればもろくなことにならない訳で、夫婦揃って半人前ぐらいなところが上出来で、誰もしもが「許しの中に存在する身の上」であるからして、トランプさんのような社会の要職にある人は、自然と多くの罪咎を背負うことになる。

さらに、天皇陛下のような稀有なお方になればなおさら、日々の祈りと御祓の中に人権もなく、儀礼と格式と祈りの中に自我なき人格なき国民の象徴になっている訳で、さぞかし辛い想いをなされているのではないだろうか。

そんな中、ちょつと素敵な動画を拝見した。奇しくも艱難辛苦の時代に自然回帰に憧れる自分には共感できるものがある。いずれにせよ、自分なりの信用と信頼に信念を持って生きていけば捨てる神ばかりでなく「拾う神」も出てくると思う。何事も適当な距離を置き依存ぜずに成り行きに任せて気楽安楽に過ごしていけばいいように思う。

そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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