真実

真実か虚偽かの判断は、いろんな情報をかき集めて仮説を立て推論し、その仮説が確からしければ真実と見なしているに過ぎない。だから、取り巻く条件が異なれば虚偽になる訳で、何事も闇雲に信じ込むのは考えものである。

昔の人は「人を見たら泥棒と思え」とよく言ったが、人間は本来、弱肉強食に晒されそれに打ち勝って生き延びてきたことからしても、本能的な仮説や推論を頼りに生きているように思う。

そんな視点からすると、AIも同じプロセスで情報を整理してその推論をアウトプットしているに過ぎないから、基本的に確からしい情報の一つに過ぎない。簡単に言えば、料理のレシピのようなもので、必ずしも自分の味覚に合うものとは限らない。

つまり、一見すると確からしい情報は情報の量(標本数)による訳で、正に「嘘も百回言えば本当になる…中韓のお二人の首脳の虚偽声明も二人で言えば歴史になる…笑い

(参考 https://youtu.be/e391gz_-1N0?si=5yM2JyrOn0ejqYSd) 」と同じである。

怖い話しで、そんな虚偽も大半の人が信じ込めば本当になる。カルト宗教などはその最たるものだし、お金なども価値あるものとするから取引が成り立つ。「一寸先は闇夜の明日」も信じれば存在する訳で笑える

一方、聖書には「誓ってはならない、守れないからだ」とあるが、それは人間には支配権がないから、不確実性を保証する誓いを立てることは不遜になるという意味らしく、そんなことを考え合わせると、この世の儚さが浮き彫りになり、虚しくなる。

ところで、最近生成AI(人工知能)が事実とは異なる情報や、存在しない内容を、あたかも真実であるかのように生成してしまうハルシネーションが問題視されているが、AIが「幻覚」を見ているかのような振る舞いから名付けられたもので、もっともらしい嘘をつくため、ユーザーが誤情報と気づきにくいのが特徴である。学習データの偏りやプロンプトの曖昧さなどが原因で発生するらしいが、そんなデタラメな情報でこの世界がカオスになることもなきにしもあらず、怖い世界に突入した感がある。

そんなことから、内なる声を頼りに生きるのがいいように思うが、それとても「恋愛が最大の幻想」であるからして頼りにならない。

まあ、そんなことは情報が入り乱れ価値観が多様化して思想や思考がバラバラになり、何が何だか分からない世相に、少数野党が乱立する傾向にあることも頷けるが、その中にも立憲民主党が公明党と一緒になる茶番劇には、利権に群がる生存競争そのもので、建国の志など感じられない。単なるアホ集団である。

しかし、今回の選挙は日本を取り巻くキナ臭い情勢からして極めて重要な選挙な訳で、生成AIを含めフェイク情報が入り乱れる中にも、それに値する候補者に一票を投じなくてならない局面にある訳で、まあ、自分なりに確からしい人に投票するしかないとしても、政界の人材不足を痛感する。

そんな想いに、改めて季節の移ろいに、この世の儚さを痛感する次第である。

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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