友人のご好意で、市川三郷町の「神明の花火」を観覧席で観る機会を得た。高が花火されど花火。花火は夏の風物詩である。真夏の夜空いっぱいに咲き乱れる大輪の鮮やかな色彩と響き渡る音には圧倒され感動した。
特に今年は25回目の節目の年に加え、第28回国民文化祭の主催事業として企画されたことから、例年になく華やかであったという。「風林花火(か)山 希望の烽火 祈り鎮魂と復興」をテーマに、「被災地の鎮魂と復興」を願う久保町長の短い挨拶に、約20万人と言われる観客の想いが一つになって、皆の想いが被災地に届いたような気がした。まさに多くの人の想いが一つになる瞬間は、何か得体の知れないものを感じる。
ところで、花火大会は何処の大会に行っても大混雑で、トイレなどは数珠つなぎで露店商の物売りなども何処となく不衛生に思えて、私はどうも好きになれない。花火大会というよりはお祭りが苦手なのである。そんな私が何故か、今年は花火を観たくなったのである。どうせ写真はうまく撮れないので、ipadを片手に出掛けた。妻は大の花火好きで、大喜びで、私が仕事から帰ると、何処かに行くと言えば、孫が麦わら帽子を被って待っているように、大きな袋に何やらいっぱい詰め込んで待っていた。座布団や団扇まで持つ念の入れようである。少々仰山にも思えたが、いつも妻のお蔭で、何やらかやと重宝するのである。有難いと思った。
会場は混雑が予想されるので、南甲府駅から電車でいくことになった。約30分の乗車であるが、始発臨時電車だったので座れたが、終点の市川大門駅に到着するまでには、地方のローカル線としては珍しくぎゅうぎゅう詰めになった。生まれて初めて南甲府駅から身延線に乗車したが、suicaが使えないローカル駅であったことには驚いた。
市川大門駅に着くと、予想通り会場は大混雑、駅から会場の河川敷まで、通り沿いの露店を見ながら歩く15分程度の道のりを、若い娘の浴衣姿を眺めながら時折夕刻の涼風を感じて歩いた。若さには言われぬ力がある。地元山梨にも、こんなに多くの若者がいたのだ。何故か嬉しかった。
会場は釜無川と笛吹川が合流して富士川になる三郡橋下流の河川敷である。各家庭で持ち寄って食べた夕食は、遠足のように楽しい食事であった。大きな袋には、巻物や蕎麦やサンドイッチやジュースやコーラ、スイカや梨まで入っていた。案の定、座布団や団扇も重宝した。妻に感謝したい。
いざ花火が打ち上がると、途切れもなく打ち上がり、とてもカメラなどでは太刀打ちできないスケールで恐れ入った。
まさに圧巻である。夜空を彩る大輪に、想いは果てしなく時空を超える。席を同じくしたご主人のジョークが冴えわたる。皆の笑いが絶えない。楽しいに尽きる。
そんな中、なぜか今年の6月に県立博物館で観た「葛飾北斎の富岳36景 甲州三坂水面」という作品のことが想い浮かんだ。夏と雪を抱く冬の富士が河口湖に非対称に描かれた奇妙な作品である。北斎がこの作品で意図したものは、恐らく目にする富士は富士に非ず、時空を超えた富士が富士ということなのであろうが、普段見上げる夜空の星とは一味違う想いに浸ることができたのは収穫である。
それにしても、20万人の人の想いが一つになる花火の威力には圧倒された。人生とはどんなことでも「想いを共にする」ことに尽きる。想いは果てしなく尽きることはないが、いつも熱きものを感じていたいと私は想う。
改めて、お誘いを受けたことに感謝したい。持つべきものは、「人の絆」である。帰りのクルマも知り合いの職場に置いてもらったからである。
そんな真夏のイベントに、これからは、少しでも世間を広く、現役時代とは一味違う自由な絆に遊べる人生の達人になりたいと想う。すべてに感謝したい。




