夏祭り

夏祭りといえば、村の鎮守のお祭りが定番であるが、今でも地域の伝統や文化や仕来りに則って執り行われているところが多い。しかし、昔はそう滅多にない無礼講が許され、若い男女が自由に出会える場であったようである。

つまり、「まつり」とは「神の出現をまつ」という意味で、派生語の「まつらう」は「したがう」という意味で、本能に従うのかどうか知る由もないが、「まつわり」とは「男女の交わり」をいい、江戸時代以前においては、お祭りは暗闇の中で不特定の男女が「まぐあう」場であった言われる。

まさに、一昔前は性行為は神事であって、男女の「まぐりあい」の中に、オルガニズムは神聖なものと考えていたのである。ふだん男女が自由に接することができなかった閉鎖的な社会では、「まつり」は楽しい出会いの場であったのである。

しかし、「まつり」の語源を待つまでもなく、男女が共にいると安らぎ癒されるのが普通である。どんな話でも同性で話すよりは異性が一人でも混じっていた方が楽しい。そんな根源的な喜びや楽しみが、これまで多くの仕来りや決め事で制限してきたのは、多分原発のように人には制御できないからなのである。

そう考えると、そんな決め事に振り回されるのは愚かに思えるが、多くの人が人生を棒に振っていることから、その危険性は侮れない。しかし、伝統や常識に捉われていては、神様の本意に反するような気もするのである。

そんなことを考えながら、つい先週出掛けた「神明の花火大会」や「お台場合衆国」のことを振り返ってみると、確かに、花火大会はカップルが多く、それなりに男女の仲を取持つ出会いの場である。一方、「お台場合衆国」は、全く新しい形のお祭りのように思える。私として、どちらも楽しかったが、地域の伝統や仕来りに全く関係なく、大きな経済効果が見込まれる「お台場合衆国」の方が、一歩先んじた先進的な取組のように思えた。多くの海水浴場が音楽の賑やかさを欠く今日、こんな「真夏真っ盛り」を演出する出会いの場が必要なのであろう。

そんな訳で、今年のお台場合衆国のテーマソングは、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」である。正に、若さは宝・財産である。羨ましい限りとしか言いようがない。

 

jpjapon について

3匹の犬と優しいけど時々意地悪な元気なおばさんと桃やブドウに囲まれた田舎で暮らしています。音楽と写真が大好きなパソコンフリークです。日々の想いを、聖書の御言葉や御仏の教えを交えて仲間と語り合うのが大好きです。平凡な日常から垣間見る世間の出来事を、自分流に書き綴っていきたいと思います。
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