夕刻

秋の夕刻は寂しい。冷ややかな窓からの風にお寺の鐘の音が重なる。今日は午前中にパンを焼き、トマトシチューを作り、春雨サラダを作り、天ぷらを揚げたら、午後は何もする気がなくなった。

昼をしてDIY を始めたが気が進まず途中でやめてしまった。妻からの頼まれ事をパソコンで処理したら、一気にやる気がなくなり、掘炬燵に滑り込み撃沈、窓からの冷ややかな風に目が覚めた次第である。

拝察するに柿が大分色づき、秋の深まりを間近に感じる。そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

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乾燥イチジク

朝採りしたイチジクを2等分してCosori で65℃12時間にセットし、乾燥イチジクを作ってみた。天気に左右されず出来上がるのはいいが、どことなくカラットしていないので、天気が回復したら天日干しようと思う。

出来上がりのドライイチジク

柿も色づき、里芋やさつまいものも収穫時期を迎えるが、何かと家のことやお天気が微妙で、未だに手付かず、玉ねぎの植え付け時期も重なり心穏やかとはいかない。気力体力の問題もあり、成り行きに任せるしかないが、段取りを整え何とか一気に片付けたい。

それにしても、ウクライナや中東のガザ地区の惨状は観るに忍び難い。戦争の悲惨さを痛感するが、台湾有事で日本が敵国ミサイルの標的にならぬことを祈りたい。改めて今の日本の立ち位置の危うさを痛感する次第である。

そんな想いに、高市新体制の防衛政策に期待したいと思う。

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今日はお天気が冴えない。窓越しに外を眺めると柿が色づき深まりゆく秋を感じる。炬燵に電気を入れて座っているが、半袖では肌寒い。

何か温かいものでも食べたくなる。カミさんは茄子の味噌炒めが食べたいと言うが、簡単に野菜の天ぷらを揚げて、温かいうどんもいい気がする。

いずれにせよ、ここがウクライナ戦線でなくてよかった。寒さに向かい暖房の燃料も不足するらしく、極寒のロシアでは凍死しかねない。改めて、戦争の悲惨さを痛感する。

そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

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夕暮れ

10月からペットボトル飲料や食料品など概ね3000品目が値上げされたが、政府の電気代やガス代への補助も打ち切られ、庶民の家計は苦しくなるばかりである。そんな値上げラッシュに追い討ちを掛けるように、役所から届いた介護保険料の決定通知書に目を通すと、これまた恐ロシアの額面に驚き桃の木山椒の木、医療費の個人負担も上がっているから、うっかり介護や病気にもなれない。

そんな中、媚中路線やDS路線から外れた高市新体制が誕生したが、彼女自身、夫の介護に奔走する毎日、さぞかし大変なご苦労をされていると思う。これからさらに抵抗勢力に行き先を阻まれると思うが、政策以上に国家思想を全面に出して日本の伝統と文化を守ってもらいたいと思う。

ところで、長引くウクライナ戦線は、ウクライナによる製油施設攻撃により、ロシアのガソリンや電力に供給不足が生じているようで、民生投資を犠牲にした戦時経済の破綻が現実味を帯びてきているようである。極寒の冬を控え暖房のない生活が強いられるかもしれず、プーチンさんの覇権帝国主義も世間に通用せず敢えなく夢と化した感がある。

そもそも、戦争は膨大な戦費が掛かるから国家存亡のリスクを負うことは史実からも明白である。全てが焦土と化す蛮行は正に人間最悪の禍事である。

そんなことで、昨日はお天気が優れず、ちょっと寒かった。昼は忙しく時間がなかったので、チャーハンとラーメンを作って誤魔化したが、カミさんは中華が好きなので助かった。

そんなことで、世間はどうであれ、改めて今あることに感謝したい。

日本イチジクです
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今日は朝から雨、動いていると寒くないが、椅子に腰掛けるとヒーターがほしくなる。つい先頃までエアコン掛けっぱなしの猛暑日が続いていたが、いつしか蝉もトンボも見なくなって、これからひと雨ごとに寒くなると思うともの寂しくなる。

思い起こせば、今年の夏は暑い暑いの連続で、熱中症警戒アラートに踊らされ、その合間にスイカやメロンやゴーヤやイチジクを採り歩き、藪蚊や草引きに追われる毎日だった。そんな日常からして、未だに離れのリフォームも手付かずで、昨日やっと壁板を購入したが、何とか寒くなるまでに傷んだ繊維壁を綺麗にしたい。

とにかく、昭和のボロ屋だから、洗面台の水漏れもあったりして、温室の基礎水準も出したところで中断したまま、あっという間に周りを雑草に覆われマダニを気にしながら近づくのも躊躇っている内にズルズルと、何とかしたいが何ともならないから困ったものである。それに、業者の都合で畑の残土処理も未完のまま頼んでから半年になる。まあ、今年いっぱいには何とかしたいと思う。

それにしても、一頃なら深川の富岡八幡や新宿の花園神社の夏祭り、それに夜空を彩る花火大会にもこれ見よがしと馳せ参じたが、暑さや感染症を思い計り出掛け終いになってしまい、気づけば全くイベント性に欠ける夏になってしまった。コロナ禍よりいいとしても、こんなことでは心許ない。何とか手際よく諸事を片付け、新風に吹かれて新たなご縁に遊びたいものである。

そんな中、何気に目を転じれば食べ頃のイチジクが垣間見える。そんな季節の色香に改めて今あることに感謝したい。

過ぎ去れば全てに意味を失う。だからこそ、新たな出会いに想いをつなごうと思う。

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路地の花壇の水やりに通路の門扉を開けたところ、元気なワンちゃんが路地に通じる相対の通路からこちらを見ている。二匹のスタンダードプードルで実に物々しい。大きいのに通路と家の戸口を実に軽々しく往き来する。

ワンちゃんに話し掛けていると、ご主人が家の戸口から出てきて世間話に花が咲いたが、犬好きの妻は時折お邪魔して二匹の成長ぶりを見て楽しんでいる始末、二人ともかなりの愛犬家で先方の奥さんも私も彼らの情熱にはとても敵わない。聞けば、獣医さんに大型犬二頭で大丈夫ですかと言われたようで、定年退職後にやんちゃな大型犬はかなり荷が重いと思う。飼い始めて毎朝の散歩からお腹が凹んだと言っていたが、日頃の健康管理に一役も二役もかっていることは明白である。

一方私は相変わらず菜園ライフに現を抜かしている。玉ねぎの土作りを始めたところ、ついに備中鍬とツルハシの柄がダメになってしまい、とりあえずアマゾンで柄を注文してみたところ、こちらの規格に合わず二度手間になってしまった。やはりこの種のものは現物を見ずして買うのは禁物である。

そんな中、ネットを開けば長引くウクライナ戦争でロシアの戦時経済が行き詰まってきたらしく、ウクライナのドローン攻撃で石油関連施設が破壊され、とんでもない電力不足に見舞われているようである。

とにかく、今日の社会インフラは電力がなければ水道さえ止まってしまう訳で、長引けば下水の汚水ポンプも停止するから、それこそとんでもないことになる。

経済も民生投資なら何かしら生活が豊かになるが、兵器や弾丸などの戦時物資にいくら投資しても煙と灰になってしまう訳で、いろいろあっても武力衝突は避け、話し合いで解決するのが利口である。多額の戦費から国家滅亡の危機を招くのは史実からも明らかで、膨張覇権帝国主義を突き進む今のロシアは時代錯誤のノスタルジー、そもそも世界第二位の戦力を持つロシアがウクライナのドローンや無人兵器に負けてしまうことからも、旧態然の国家理念や戦略では能わぬことが分かる。

その点、日本は国土上空に衛星を備え、電磁レイルガンや長距離ドローンやステルス潜水艦や電磁パルス兵器があるわけで、核兵器に負けず劣らずの戦いはできるのではないだろうか。とにかく、今の時代は情報戦である。嘘でも三回言えばホントになるから、困ったものであるが、そんなプロパガンダにも太刀打ちできる日本民族の知恵を育み、世界のリーダーたる国家理念を覚醒していくべきである。

日々進化進歩するAIの時代を迎え、その技術を民生に使うか戦力に使うかで、これからの世界は大きく変わる。我欲我執に捕らわれていてはかなりヤバイことになる訳で、貧しくも分かち合い共に生きる連帯の意識に生きる時ではないかと思う。

そんなことから、イーロンマスクの考えは全く然り、こんなリーダーが世界にいることは心強い。そんなイーロンが来春全く新しいスマホπフォンを発売するらしいが楽しみである。時代は絶え間なく動いている。過去のしがらみや記憶はそれとして、AI時代の相応しい関係性を学び、サステナビリティなhumanoids の出現に期待したい。そもそも、日々の食事も運動も睡眠も、結婚も育児も、全ては尊い生命の継承にある。生命に視点をおけば、不倫も離婚も再婚も、そんなものは人間社会の決め事で、本来の意味は皆無である。誠意と誠実を持って生きれば、どうあってもいい。

そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

HUMANOIDS を兵器に利用しそうな国は考えものである。改めて、我欲我執に捕らわれた民族性には嫌悪感を覚える。

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天日干し

バジルの天日干し(今年最後の)

このところお天気が芳しくない。今年最後のバジルの天日干しを始めたが、出掛けたりしていたこともあって、一気に片付けたいところだが、長期戦になる気がする。Cosori で乾燥してもいいのだが、やはり天日干しの方が太陽エネルギーが凝縮される気がするから今年もそんな風にしたい。

それにしても、今日はあの猛暑が嘘のようなお天気で、Tシャツ一枚では寒いくらいで、暑がりのカミさんは早々に長袖を羽織っていた。

そんなお天気に絆されて、昼は温かいうどんにすることになり、それだけでは寂しいので野菜の天麩羅を揚げてみたが、久々だったので美味かった。

そんな1日もあっという間に夕刻になってしまい、眠れぬ夜が始まる。天気予報によると明日は快晴らしいので、本腰を入れて草刈りをし、玉ねぎの畝作りをしようと思う。とにかく、夜になると明日の段取りに思案するが、現実は遅々として進まず、困ったものである。夏は猛暑や藪蚊やマダニの防御に苦しみ、冬は寒さに凍りつき、農作物は植え付け時期が決まっていて、結局は「指値」とはいかず「成り行き」になってしまう。

そんな成り行きの人生だから、最近は何が何だか分からなくなってきたが、その分何の抵抗もなく現実を受け入れられるから、実に安楽である。

そう言えば、明日のメニューもいろいろ考えると楽しいし、ネットレシピが実に役立つ。実にいい時代である。そもそも料理教室に通わなくてもいい。「医食同源」明日も身体にいいものを作り英気を養いたいと思う。改めて今あることに感謝したい。

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昨日の収穫

西洋イチジクもゴーヤももう終わりだが、それでも今日はイチジクが5つ採れたので昨日の分と合わせてジャムを作った。甘味はいつも控え目にしているが、カミさんが甘くてパンチがほしいと言うから甘くした。

そんな高齢世帯の日常だが、とにかく今年の暑さは半端でなかったから体力が減衰し、午前の菜園からシャワーを浴びて昼を摂るとそのまま撃沈、何もしない内に1日が終わる。何とかせねばならないが、どうにもならないから始末に悪い。

それでも、今の時代はエアコンがあるからどんなに酷暑でも快適に昼寝ができる。テーブルのコーヒーもカップウォーマーで温かいし、むかし「コーヒーが冷めちゃった、冷たく冷めちゃった…」てな流行歌があったが、コーヒーは退職を契機に、妻とゆったりとお茶するようになってから飲むようになった。そんなことから、今は完全にカフェイン中毒、日に3~4杯は飲むがインスタントなので手間が省けて助かる。

そんなことで、今日も1日が終わる。秋の夜長は窓を開け放ち目を閉じれば、虫の音を枕に想いは果てしなく広がる。そんな自分に改めて生きる意味を問いたいと思う。

自作のイチジクジャムです
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控え目…

日本イチジク

まるでドラえもんのような毎日で、遊びは誰にも負けなかったが、勉強はまるでダメ、隣の女の子に給食の脱脂粉乳を飲んでやる代わりに図画の時間に絵を描いてもらたっりして、そんな仲良しもいつの間にか居なくなって想い出だけが一人歩きする。

日本のイチジクはその控え目な甘さから、学校帰りの庭先から盗み食いした子供の頃の記憶が甦る。

そんな昔はさておき、今は菜園ライフのお友達にトカゲや藪蚊やカラスがいるから寂しくないが、風向きが変わり草木が色づき、ナスやキュウリやトマトが終わりを迎えると悲しくなる。春先に芽生え、真夏の暑さに耐え抜き実を結び、そして日増しに元気がなくなる様子には「生命の営み」を見せつけられ、今あることの刹那さを実感する。そして、いづれは離れ離れになる虚しさに儚さを禁じ得ない。そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

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どんなに存在を証ししても、それは単なる独りよがり自己満足に過ぎない。過ぎ去ればすべてに意味を失う。タイマーを間違えたのか、台所からパンを捏ねる音が秋の夜長に響きわたる。

朝になれば、目映い光に包まれて自作のジャムで1日が始まる。そんな日常に、改めて今あることに感謝したい。

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