年末…

リタイアしてからも外に働き帰宅して風呂に浸かり晩酌に1日の疲れを癒す。日本酒の熱燗に適当なツマミを添えて、お祭り酒を嗜むと言った生活も適度にバランスが取れた男のライフスタイルに思える。

普段酒を飲む習慣がないので、毎日となるとどんなものかイメージできないが、熱燗の匂いに小料理の味が重なり、かなり贅沢な時間が過ごせる気がする。

そんな御仁の生活ぶりはさておき、隠居お楽丼の私は、炬燵に転がり安楽三昧、部屋の照明を落とすと常夜灯の薄暗い中にボケッとした自分がいる。こんな時、酒が飲めたら、サントリーのコマーシャルのような贅沢な時間になるのだろうが、日本茶に憩うところが悲しい。酒は親しい友人や仲間とやるのが一番だと思うが、ご近所の先代が1人晩酌でお祭り酒していたのが私的には情緒があって何故か惹かれるものがある。

年末を控え、何とか障子も張り替え、部屋も大分片付き、今年は私の手料理でクリスマスやお正月を過ごしてみようと思うが、手料理は菜園以上に楽しいから、困ったものである。

そんな中、今時の健康志向から揚げ物や塩分は控えているが、揚げ物はCosori でノンフライするよりやはり天麩羅鍋で揚げる方が美味しい。しかし、少量だと天麩羅鍋では難しいので、先日お一人様用の小さな電気フライヤーをヨドバシで安売りしていたので購入してみたが、少量の油で簡単に揚がるから便利である。2400円とオモチャみたいな代物だが、冷凍のカキやコロッケやヒレカツなどが簡単に揚げられ、揚げたてが食べられるからカミさんも大満足、二人して食べまくり、とても健康志向どころではないが、「食べることしか楽しみがない」私達だから仕方ない。

そんな訳で、世間様は近隣諸国との不穏な流れや地震や恒星天体の接近など災害不安に暇がないが、そんな世俗はええ知らん我関知せずにして天空に想いを繋ぎ、新たな出会いに幸あらんことを願いたい。

変化と多様性の中、誰もが立ち位置や目的を見失い、ある種のこじつけに諦めて生きる現実に、その時々の想いにエールを贈りたい。

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真実とは?

変化と多様性の中に、善悪、真偽の意味も薄れ、成り行きの中に真実を探そうにも見つからない。

そんな日々日常に、改めて生きる意味を問いたい。

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ありのまま

語らいにこそ生きる意味がある。花木に話し掛け大地のエネルギーをいただく、それが日課である。足しも引きもしない。ありのままの自分に感謝したい。

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Just  the way …

足しも引きもしないナチュラルな流れにこそ生きる意味がある。改めてすべてに感謝したい。

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コロナ禍の巣籠もり生活に端を発した菜園ライフは、新たな楽しみと喜びを与えてくれた。しかし、その一方で、100年ライフを見据えて外に働く同年輩の活躍ぶりを拝見すると、ちょつと引け目を感じていた。

そんな中、こんな動画がヒットし励まされたが、こんな高度なことはしていないし、できないし、「物は言いよう」考え方一つでどうにでもなるから不思議である。

それでも、作物や花や虫や鳥たちとの触れ合いから、自然観察力が養われ、貨幣経済一辺倒だった頃とは、違った目線で物事を観るようになったことは確かである。

そんな中、今日は日差しがあって温かかったので、勝手口に溜まった落ち葉をかき集めたり、物干しに登って屋根の樋の掃除をした。作物残渣や落ち葉を埋ける穴も掘ったが、まだ瓦の破片が出てくるのにはうんざりした。それでも、今回は深く掘ったので、落ち葉を放り込みカルスで堆肥化すれば、大根や人参などが植えられる。楽しみである。

そんな想いに、今日も1日が終わる。カミさんは昨日の豚汁にトンカツを食べると言っているが、私は具だくさんのうどんの汁を作ったので、スープがてらにCosori で餃子やイカフライをエアフライして食べようと思う。何てったつて、この歳になれば、食べることが一番の楽しみ、レシピも増えて、食事は私が作っている。白菜もお酢と砂糖を少し入れ新しい漬け方で漬けたので食べるのが楽しみである。そんなことで、改めて今あることに感謝したい。

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今日は寒い

ヒートショックが気になるが、寝起きに熱いシャワーと熱目の風呂に入らないと目が覚めないから困ったものである。

このところ寒さが続き、先日の強風から座敷の雨戸を閉めて寝ているが、朝になっても真っ暗なのでテンションが上がらない。それに雨戸が横にスライドする蛇腹式のシャッターだから開け閉めが厄介である。何気にサッシや障子の汚れが目に留まり拭いたりしたが、お正月も近いので張り替えする気になった。障子は全部で6本ある。取り敢えず1日2本を目安に始めたところ、想定外の手間仕事に軽く見た己の浅はかさに苦笑した。

まあ、神棚の人形(かたしろ)の張り替えもあるから、気長に取り組もうと思うが、面倒なことに変わりはない。昭和のボロ屋のDIYリフォームは楽しいがお金と労力が課題である。

ところで、エアコンの壁穴を活用したパイプファンの設置は実に快適で、換気による室内空気の循環の大切さを実感する。部屋の空気に淀みがなくなり、室温低下は免れないが部屋の匂いが感じられない。風呂場やトイレは終日換気しているが、嫌な匂いが全くしない。消臭剤をあれこれ試すより断然換気を整える方が的を得ている。

風水的にも精神的にも換気の重要性を実感するが、日頃のモヤモヤは意外と部屋の空気の淀みにある気がする。空気も水も、人も社会も絶えず流れ、淀みの中にモヤモヤが生まれ快適性はない。

ところで、少子高齢化による人手不足から、最近は就労年齢が年々伸びて70歳を過ぎても働いている人が多くなった。気持ちよく働けるのならまだマシだが、人間が集まればイジメやハラスメントは当たり前、ノルマや職場風土に不自由な生活を強いられるのが現実で、就労の代償は思わぬリスクを招く。

そもそも、健康や心の解放を見失ってまでも働く意味があるのか疑問である。勤労は美徳かどうかも怪しい。見方を変えれば、巧妙に仕組まれた社会の闇かも知れない訳で、文化文明の進化発展が人の幸せにつながるものでもない気がする。

まあ、何事もほどほど、バランスであるが、私的には半分、半人前が一番いいように思う。それしかできないからである。笑い…

変化や流の中に半人前となると、正に浮き草のようだが、時空に沿えばそれが最善、最善策、最適化されたフォルムな訳で、すべてに清濁や善悪もなく必然でしかない。

そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

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憧れ

こんな憧れから脱け出せない。改めて、憧れだと思う。

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EV

EVは充電インフラや航続距離に問題があるが、間近に迫るAIによる自動運転からすると内燃機関では制御が難しく、高性能なバッテリーシステムが開発されれば、それこそあっという間に内燃機関はEVに取って替わられるものと思う。

そんな中、この暮れに日産の新型リーフが売り出されるが、上級のアリアのプラットホームを流用した新機種の割にはお買い得と言える。

そもそも、ガソリンやディーゼルエンジンは即応性が悪く、出だしや加速やトルクを複雑なエンジン制御システムとトランスミッションで巧みに制御して今の性能を確保している訳で、排気ガス以前の問題として内燃機関ならではの致命的な問題を抱えている。

エンジン形式も3気筒、4気筒、直6、V6、水平対向などさまざま、どれをとっても一長一短である。強いて言えば、エンジンが吹き上がる独特なサウンドが、ホンダの単気筒バイクにも似た遊び心を擽る。

さらに、今日的なAI技術の進化の流れは凄まじく、物流やSNSによる情報の集積からして、これからはAmazonやGoogleの時代が到来する訳で、自前のAIを持たないApple の牙城も空前の灯火に成り兼ねない。なぜなら、刻々と変わる様々な情報を選り分け、カテゴリー化するのはAIの得意技、真骨頂だからで、近未来の流れを予測できると同時に私達の意識そのものも一定の方向に傾ける力もある。

そんな流れに、逆らったり抗ったりしても社会システムそのものが支配され制御されいるからして勝目はない。

益々、誰かのシナリオに生きることになりそうだが、私達自身が生まれ落ちた時より依存と支配、何らかの承認欲求によって己の存在を証ししているからして、そのややこしいバラドクスから脱け出すことは難しいし、脱け出たところで意味がない。

とどのつまり、愛や信頼があるものと信じて生きるしかない訳で、お金や虚栄に視点をおき信用の崩壊に国家存立の危機を招いている中国や韓国の現状は、自らの強欲が招いたChaosとしか言いようがない。

そんな流れに、常日頃の菜園ライフに、己の無力さを思い知る私としては、自然と共に暮らし、そのおこぼれを頂いて生きているのが現実である。

まあ、すべてが流転する世の中、変化と多様性の中に信じられるものなど何もないが、それでも「新たな出会いに幸あれ」と、何とか生命をつないでいる。

そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

人生は憧れ、深い絶望の中にも夢と希望を持ち続けていけば何とかなるものである。改めて、すべてに感謝したい。

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夕暮れ

11月も終わりに近づくとクリスマスやお正月の雰囲気が漂う。炬燵でミカンを食べると子供の頃ミカンや落花生を炬燵で食べたのを思い出す。年末は何かと気忙しく、手順や段取りが今一なので、神棚の人形(かたしろ)やお酒などは早目に買い揃えておかないと、いざと言うときイラつくから困ったものである。

そんなことを考えると、今年もあっという間の一年で、昨日は妻の音大の学友たちとの交わりに楽しい癒しの時をいただいたが、すべてが時の流れに押し流されていく現実に、改めて人生の儚さを感じた。

帰りの車窓から暮れなずむ夕暮れ時の光の中にやけに際立って見える赤く色づく柿の木にそんな気持ちが深まるばかり…

帰宅して熱い風呂に入り、野菜たっぷりの煮込みラーメンを二人して食べたころには、そんなセンチな気持ちも一転して喜びと感謝に替わるから笑える。

それにしても、世界は広い。所変われば品変わる。寒さに震え、湿気やカビに悩まされる所もあれば、眩い太陽の光と乾いた大気に終始皆が集い憩う所もある。世界的な文化文明の進化に改めて、その本質を問いたいと思う。

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夜空

恒星間天体3I/ATLASの接近は、イエスキリストの再臨における携挙なのか、はたまたハルマゲドンなのか、天体や素粒子に詳しい天才エンジニアの創作劇なのか、その謎は深まるばかりである。

まあ、何もなく通り過ぎる気がするが、そうならば傍迷惑な話しである。貴い時間をそんな絵空事に付き合わされたら堪ったものではない。

それにしても、夜空を眺めると神秘的なものを感じることは確かで、私達の本質は天空から渡来した気もしないわけでもない。

そんな想いに、改めて今あることに感謝したい。

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